中間の声は中観だとか縁起だとか すべての声は中間の声

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中間の声とは、地声裏声中間の声のこと。

空観とか仮観とか中観っていうのは仏教用語。

空観と仮観、裏声と地声

というのは、簡単に言うと、この世のすべての事象は
「あるといえばある」
「ないといえばない」
という状態のこと。

なので、すべての枠組みの最上位が「空」

空観は、すべての事象も存在も幻想だと知ること、という感じだったと思う。

これはシュレディンガーの猫とか二重スリット実験とか、量子力学でも説明がついていて面白い。

仮観は、空観を体得した上で、すべて幻想だけど、とりあえずの役割を持たせていこうというもの。

空観と仮観、どちらかだけしかなくても危険で、どちらも体得してバランスをとる必要がある。
これは裏声や地声に置き換えても同じこと。

空観と仮観のバランスを取って、極端な空観から極端な仮観までのあらゆるバランスを自由に行き来できる状態が中観。
地声から裏声までのあらゆるバランスを自在に行き来出るのが中間の声。

だとするなら、やっぱり中間の声は中観と言えるんじゃないだろうか。

空観と仮観の無限の行き来の中で中観が生まれる

空観、仮観、中観という仏教の考え方は自己啓発でも下品なほど重要。
それをフースラーのアンザッツにも適用させて考えてみると面白いとおもう。
俺の場合知識が浅いんで、適用というより混合かもしれないが。

とりあえず中間の声はそれくらい深いものらしいなので、世間一般で言うミックスボイスと同じものとするには無理があるというのもわかる。

すべての声は中間の声

ちなみに、フースラーメソードでは、混合している、融合しているとよく言うけど、100%完全な融合、100%完全な混合は無いと思う。
完全無欠な各アンザッツというのは現実世界にはなく、概念の世界だけにある。
イデア論。

すべての声は融合(混合)だとすると、そもそもすべての声は中間の声ということにも、定義上なるとかならないとか。
まぁまだよくわからんけど、奥が深いだなと思います。

まとめ

各アンザッツが真釣り合わさって中間の声が浮かび上がってくる。
中間の声は各声の裂け目を埋める。
という性質もあるので、中間の声は縁起とも言える気がする。

はじめに以下の記事を読んでいただくことをおすすめします。


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