何事も中途半端な下手の横好きや器用貧乏は混乱しやすい気がする

俺は何をやるのも中途半端な、下手の横好きだ。
器用貧乏とも言う。

広告収入事業、エッセイ(このブログ)、お絵描き、音楽制作、歌唱、映画鑑賞、読書、恋愛など色々やっているが、どれも中途半端。
その中で一つでも、これなら人に圧倒的に勝てるというものがない。

最近その事と、声や精神の混同しやすさが関係している気がしている。

思いっきりやれば分離される

中途半端ということは、思いっきりやっていないということとも言える。
声も精神も、思いっきりやると分離されると知り合いに教えてもらった。

本当にそのとおりで、例えば声だと、地声も裏声も、純粋なアンザッツを大声で出しながら上昇なり下降していくと強くひっくり返るので、分離の感覚がつかめる。
精神も、何かに思いっきり取り組めば、日常感なり、非日常感を強く感じられ、分離の感覚がつかめる。
思いっきりやるというのは既存の枠組み(現状)の外へ出るための方法なのかも。

声も精神も、まずは分離することが重要になる。
しっかり分離してから確立して、融合するのは、時間がかかる。
しかしそれこそが、大きな目標を達成するということなんじゃないだろうか。

俺のように何事も中途半端な人間は、分離と確立をすっ飛ばして融合させようとする近代的発声訓練法じゃないか。
不完全な融合(つまり混合)だ。

だから俺は声も、内筋がすっぽ抜けた中声で、つまり喉の全筋肉が中途半端。

描く絵も、自分の興味のあるものをやたらと混合させている。

「本気でやる」「半端にやる」「やらない」の全部ができるようになる必要がある

前の記事で、人生における目標の達成も、声や歌の向上も、極めるつもりで思いっきりやらないと分離の感覚が掴めず不完全に融合(混合)する それでは大成できない、という旨を書いた。
あとで気づいたが、半端というのも自在性の中の一つだと考えると重要だ。

本気でやる、半端にやる、やらない、の3つがあるとしたら本気も半端もやらないも全部できるべき。
本気でしかできない、半端にしかできない、できない、という状態が危険な気がした。

格闘技とかでも強い人ほど手加減がうまいっていうのと似ている。

本気でしかできない人は半端にやってみたり、半端にしかできない人(俺)は本気でやってみたり、足りない部分を補うように心がけていくといいような気がする。

俺の場合は、やらない~半端にやる、まではある程度できる。
最近はとにかく、本気でやる、が抜け落ちているので、やはり本気でやることに重点を置いたほうがよさそう。

全部できてやっとバランスが取れるんじゃないかと。

まとめ

下手の横好きや器用貧乏な人は、思いっきりやっていない。

目標を複数持つというバランスは重要だが、全部中途半端では意味がない。
それなら一点集中して分離の感覚を掴んだほうがまだマシじゃないか。

なんでもいいからいい加減思いっきりやってみたい。
中途半端にやって完全な融合状態(つまり混合)を続けても、いずれさらに混合して大変なことになりそうだ。

ちなみに何事も中途半端になるのは、循環気質や扁桃体の大きさも多少関係しているんじゃないかと思う。

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