笑いとエロと恐怖は構造的に酷似している コーチング実践者は低俗な欲求を持ったらだめなのか

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コーチングやフースラーボイトレの自称実践者である俺の発言や行動について

コーチングへの違和感は、認定コーチのノットノットノーマル感とか他にも色々ある。

気になるのは、認定コーチは笑いやエロに関するゴールもサポートしてくれるんだろうか。
俺は、笑いは必ず差別や侮蔑を含むと思っていて、エロは必ず暴力を含むと思っているが、そういうのも全力で応援してくれるのか。

少し前に別れた重要人物が、
「おなもみさんはコーチング感ある(コーチング実践してるとプロフィールに書いてる)のに、マウンティング感、差別感ある、エロい絵キモイ絵書いてる」
的なことを指摘してくれたが、コーチングを実践する以上そういうのをやったらだめだとしたらクソおもんない。
コーチング界隈について自称実践者として思ったこと 趣味や言動

笑いはタブーや差別や優越を含んでいて、エロはそれらに加えて暴力も含んでいる。
笑いは人を差別してバカにして優越することで生まれると思うし(微笑ましいという笑いですらそう)、俺がふたなりや達磨娘や処女などを好きなのも全部タブーと差別と暴力とマウンティング意識だ。

俺は劣等感が下品なほど強いので、人を差別したりバカにした笑いが特に好きだし、ふたなりや達磨娘など、劣等した存在にマウンティングするエロが特に好き。
指摘してきた人見て思ったが、コーチング実践者を自称してる人はそういう欲求を持ったらアカンみたいな雰囲気あってうざい。

とりあえずアファメーションとビジュアライゼーションだけは本当に効果があると実証済みだが、認定コーチのコーチングを受けることには懐疑的なのでノータッチ。
今後も自己流でセルフコーチングをすると思うけど、これはまぁあからさまには人に迷惑かからないだろうし被害者もいないので良いでしょと。


最後まで読んでくれてありがとうございました。

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特にコーチング、ボイトレに関する内容は正確性が保証できず、安易に実践すると危険な場合がありますので、自己責任でお願いします。