某自己啓発が怪しい、怖い、宗教感ある、納得いかない、矛盾してる等

とりあえず先日の某氏の時間の流れ質疑応答で、自己啓発への懐疑心は更に強まった。

「君が理解力ないだけ」
と突き放して、周りの人間が
「自分はわかってる」
と頷く構図を見て本当に
「あ、いやだな」と思ってしまった。

自己啓発で人生変わる?変わらない?

自己啓発で人生激変する、いや自己啓発は変わるためのものではない
という矛盾も気になったが、そもそも自己啓発は枠組みが広い故に包摂するものが膨大だから、矛盾があっても
「それらを包摂する」
といってのけてしまえる部分があるよな。

自己啓発受けて人生変わったと言っても、例えばそれがあまりにも短期的に激変した場合ただの即物糞坊主の可能性がある。
かといって10年スパンで見て、自己啓発受けた初日と10年後を比較したら激変してしましたって言ってもそれだけ年月経ってたら自己啓発受けてなくても激変しとるやろ。

自己啓発に限らず、変化っていうのは早く起こるほうがいいのか、長いスパンで見て起こっていたほうがいいのかって本当に難しいと思う。
すぐに変わった変わった言うやつは目先を追ってるだけの即物糞坊主の可能性ある。
かといっていつまでも変われない事を
「長期的に見てるんだ」
と供述する奴もいる。

枠組みが広いことのデメリット

ネットビジネスの情報商材や高額塾が
「マインドの使い方」
という枠組みが広い、悪く言えば漠然とした情報で高い金とってるのと似てる。

かといってコンサルティングのように具体的な事を教える場合は、例えば今回のグーグル変動とかに対応できず右往左往したり。
人を指導するのにも色々あるのですね。

きらいなものはきらい

俺はグルテンフリーで人工甘味料も頑なに摂らないけど、食品添加物気にしまくるやつはきらい。
目標達成文の読み上げと視覚化は毎晩欠かさずやるけど自己啓発の奴隷みたいなやつはきらい。
藝能はやるけど宗教感とか民謡はきらい。
萌え絵は描くけどオタクはきらい。

まとめ

自己啓発と藝能は、共感覚や変性意識など色んな点で繋がるし、現時点でかなり信頼できる情報ではあるけど、二つとも宗教的・スピ的な怖さがある。
信じすぎないよう、界隈の人らに左右されすぎないよう、様子を見ていきたい。

なにより、自己啓発の奴隷、藝能の奴隷になりたくない。

その二つの奴隷になるくらいなら、自分の殻の奴隷になったる、自分の殻と心中したるの男や。

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