ブラック企業で消耗する社畜といじめに苦しむ小学五年生男子の目標を応援する

俺と結構前から相互フォローの東方ふたなり絵の絵描き(同人者(もの)という言葉は浮かんでも浮かび上がらせなかった)がいた。

ブラック企業につとめてるらしく、毎日のように、
「死にたい」
「泣きたい」
やら
「体調がおかしくなってきた」
と呟いていた。

不満をいうだけで一向に行動しない人たち

それに対してフォロワーの絵描き界隈の人らが
「がんばれ」
とか
「無理しないで」
とか
「それだったらば仕事、やめたらいいじゃん!」
とか
「手遅れになる前に組合へ行ってくださいこれはお願いではなく命令です」
とか色んなリプライを送っていて、俺もふざけたものからまじめなものまで色々送っていた。

しかしそのリプライたちに対して本人は、大手配信者が雑多なコメントをさばくような、有名人が一般人のリプライを軽くさばくような適当さ(?)で返すだけで、問題は一向に解決せず。

ほんとにさっさとやめればいいのに、いつまでも辛い辛いと言うだけで一向に辞める気配がなく、なんとももどかしい。

他にも、ドラテンのルームで、学校で4人の生徒にいじめられていて、
「毎日殴られて、給食こぼされて、火傷もした」
とか言っていた小5男子に対しても俺は、
「それだったらば親か先生に頼むか警察いけばいいじゃん!」
と言ったが、結局その人も、一向に行動しない。

自分の身を自分で守れない、自分の問題を自分で解決できないやつはどうしようもないと思う。

不思議なのは、周りに手助けをしてくれる人間がいてもなお問題を解決できない無能さだ。
惨めな自分に酔って優越感を得る、悲劇のヒーローというのが妥当なとこだと思う。

救おうとする人間の愚かさ

それよりも問題は、そんな惨めで無能な人間を少しでも救おうと思ってしまう側にあることはわかっている。

俺も過去に学校で苦しみ、ブラックバイトみたいなのでも少し苦しんだことがある。
俺はそういう自分を、先に上げた二人に投影して、過去の自分を救おうとしてそいつらに絡んでいってしまうのだろう。

俺の場合は周りに手を差し伸べてくれる人もいなかった。
だから自分でなんとかしないといけなくて、結果なんとかなったものの、考えが異常に偏ってしまった。

先に挙げた二人の場合は、周りに助けてくれる人間がいるのにあのザマだから、俺としては嫉妬に近い感情も覚える。

やりたいようにやらせるのが一番

周りからの大量の助言さえも無視してブラック企業で消耗し続ける彼もそうだが、
「生まれたことを悔やんでつらいつらいと同情乞うて果てたい人」
は、
「生まれたことを悔やんでつらいつらいと同情乞うて果てるという自身最大の目標を達成しようとしている」
のかもしれないので、助言などをして邪魔をしてはいけない。

・周りの人間に「そんな会社さっさと辞めて!」といくら言われても辞めない同人者
・目標は「周りの人間にとめられてもやりたいこと」を選ぶ。

この二つを合わせて考えると、その同人者の目標は
「周りにいくら止められてもブラック企業で働き消耗し続けていきたい」
というものなんである。

俺が、
「やめたほうがいいですって!」
と説得したって、その人の目標は
「一度きりの貴重な人生をブラック企業で消耗して過労死する」
というものでそれは
「誰がなんと言おうと達成したい目標」
なんだからこちらに否定する権利はない。

本当に本人はその目標をなんとしてでも達成したいんだろう。
だからこそ誰になんと言われてもブラック企業で働き続けるんだろうし、それをこちらの価値観で否定するのは異常なことだ。

俺に何かやってあげられる事があるとしたら
「君なら絶対できる!君ならブラック企業で消耗し挙句過労死する目標なんて楽勝で達成できる!その調子でいけ!」
とリプライを送ることくらいである。
ちょっと言い過ぎた。

でもブラック企業で過労死したい人は、ブラック企業で過労死したくてたまらないのに、
「そんな危険な会社やめて!」
などと言って、その会社の素晴らしい重労働具合と低賃金具合も知らないのに目標を邪魔する発言をしてはいけないのである。

イエスマンになる

人は他人を全肯定して応援するイエスマンになればいい。

「死にたい」
と言ってくる人がいたら止めるなんて以ての外で、まず
「君なら絶対死ねる!」
と応援してあげる。

相手が望むなら、うまく自殺する方法などを教えてあげてもいい。
まぁこの例えは自殺幇助になるので問題だが。

「お前をころしたい」
と言われたら困るが。

とりあえずそれは知らんけど、イエスマンになって他人の価値観を全肯定するようにしたら本当に楽になった。

でもこっちにもやる事あるので、やっぱり
「死にたい」
という目標の人とは一緒にいたくないので
「君ならできる」
と応援した後去る。

「過労死したい」
「自殺したい」
という目標だってその人なりのバックボーンがあって本当に達成したい目標だろうから、
「世界平和と実現したい」
という目標と同じくらい崇高なものだ。

これは皮肉ではない。
他人が本当にそれを望んでるのかなんてこっちには知りようがない以上、できるのは肯定と応援だけ。

つまり自分にとって思わず否定したくなるような目標を持っている人が相手でも、とりあえず肯定して応援してからそっと離れれば良いという話。

そしたら波風も立たないしこっちも消耗しない。
そんなことにやっと気づいた。

まとめ

俺は自分が、
「ブラック企業が嫌で、そんな所で働くのは不幸だ」
という価値観だからといって、他人もそうだと決めつけ、
「ブラック企業で働いて過労死したい」
という夢を持っている人を否定していた。

人それぞれ色んな夢や価値観があるのに。

「これからはブラック企業で過労死したい」
という夢を持っている人がなるべく早く理想的な形で過労死できるように応援する。

まとめると、人を救おうとするより自分がしたいことをしたほうがいいってこと。

以上のような事があって、諸々の事があって俺は一切人に説教(説得)することをやめた。
人を否定することを一切やめた。
ただ目標を応援するだけでいいと気づいた。

追記:
小5はどうなったか知りませんが、同人者は会社をやめて休養中だそうです。

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