失うと何でも美しく見える 現在を死から逆算する

大切なものは悲しい程モロい
失えばなんだって美しい

実弾 – Syrup16g

今年1月に実家の犬を見送り、大切なものを失うという経験をした。

名古屋に引っ越して1年が経ち、恋人もでき、色々とやりたいこともやっているが、クルテクやなりあきさんなど、別れた人のことを度々思い出す。
なにより、もう戻らない10代の日々や10代の自分が忘れられない。

思ったのは、本当によく言われることだが、
失うと何でも美しく見える
ということ。

あくまで失ってから美しさに気づくということではない。
渦中にいるときは美しく見えなかったものでも、失うことで美しく見え始めるということ。

まずチャコのことを書きます。

チャコ

今年の1月に、実家で飼っていた『チャコ』という豆柴14歳♀を見送った。
心臓のガンでお腹に水が溜まり膨れ上がるようになり、何度も抜きに行ったが、限界だと思ったので、安楽死させた。

俺が11歳から一緒に居た犬で、10代の濃い思い出を共にしてきた犬だ。

亡くなってから1ヶ月の間、母親と俺は泣き暮れ、チャコが毎日のように夢に出てきた。
2ヶ月、3ヶ月と経つ内に少しずつ日常に戻っていったが、3日に1回は夢に出てきて、そのたびに泣いていた。

半年以上経った今でも、ネットで豆柴の画像や動画を見ると思い出し、街で柴犬や豆柴を見かけると必ず話しかける。
たまに寝起きや、ふとした時にチャコを思い出して泣いてしまう。

なにより、30分、いや、たった3分でもいいからもう一度チャコに会いたいと思う。
書いていてまた涙が出てきた。

失うと何でも美しく見える

チャコを失ってから、チャコが本当に美しく見える。
チャコが本当に恋しく感じる。

生きていた頃は、本当に当たり前のようにそこに存在していて、その存在を特段美しいとか、恋しいとか思ったりしなかった。
いることが本当に当たり前で、その存在に感謝をできなかった。

失ってから、本当にチャコが美しく見え、恋しくて仕方がない。

でもそれは、美しさに気づいたというより、失った今はじめて美しく見え始めたということだと思う。
酷な言い方かもしれないが、その違いは大きい。

渦中にいる時(生きている時)は、特段美しくは見えなかった、というので正解なのだ。
つまり、その時の自分はどれだけ頑張ってもそう見ることしかできなかったから、仕方がないということ。

これは、やれるだけのことしかやれなかった、それでいいんだ、という過去肯定の意味もある。

現在を死から逆算する

恋にしても、お金がほしいという気持ちにしても、達成したい目標にしてもそうだが、人間というのは、今ここにないものに思いを馳せる。

それに人間は、『見慣れたもの』と、『知らないもの』はよく見えないようになっている。
今ここにあるものは見慣れたものなので、ちゃんと見ようとしない。

そこで、よく言われることだが、
『今生きている大切な人がもし亡くなったら』
というところから『逆算』するのは本当に大事だ。

今は大切な人が生きている、つまり失っていないので、特段美しくは見えない。
だが、大切な人が亡くなったら、間違いなく美しく見え、たった3分でもいいから会いたいと思う気持ちになるだろう。

本当に大切な人が亡くなってからの世界を、脳をフル稼働させてありありと想像してみる。
実際に涙が出るくらいに。

徹底的に想像したら、現実のその人に会ってみる。
ちゃんと触れる、話せる、そこにいる、ということに感動して涙が出るかも知れない。

今ここにあるものを、一度、もうここにないものにしてみる。
見慣れていないものにしてみる。
失ったものにしてみる。

そういった思考実験やイメージが、今の大切さに気付かさせてくれるかも知れない。

自分の死

ちなみに上述のことは、自分自身にも応用できる。
自分が死に、肉体が消滅してから、肉体があったことがいかにありがたかったかわかるかもしれない。

あの世や霊界があるかはわからないので、死んでからも意識があり、体があった頃が恋しい、となるかはわからないが。
そういう意味で、自分の死というのは他者の死とは決定的に違うことがわかる。
ややこしいのでそこは割愛するが。

死じゃなく、体の一部を失ったらと仮定するとわかりやすい。
今当たり前のように目が見える、手が動かせる、体が動かせるということが、失ってみるといかにありがたいことかわかるはず。

まともに呼吸ができない病気になった時、今、当たり前のように息が吸えるということがいかに幸せかわかる。

まとめ

この記事で書いたことは他の人もよく言っていることだ。
今がいかに美しいか、ありがたいか、幸せかということ。

今回書いた、現在の幸せに気づく方法は、目標達成法的にはNGな内容かもしれない。
目標達成には、未来の幸せな目標があるから現在が幸せ、という風に導くのかも知れない。

だが未来の目標の先、さらに時間的枠組みを広げてみるとそこには死がある。
なら死から逆算して幸せに気づくのも一つの方法だろう。

俺はチャコのことを生涯忘れない。
そしてチャコの死から学んだことを、自分や他人のために精一杯活かすと決めている。

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