勢いのある文章と読みやすい文章 句読点のない文章 ブログ記事を骨組みから書く方法

Twitterや、pixivの絵のキャプションから始まり、最近ではブログ記事の執筆などで色々と文章を書いてきた。

前の記事にも書いたように、最近、ブログでの文章とTwitterでの文章、そしてpixivのキャプションでの文章の勢い読みやすさについて考えている。

勢いのある文章が書きたかった

まず最近ずっと思っていたのは、勢いのある文章が書きたかったということだ。
勢いのある文章ときくと、2chのルイズのコピペとかを想像するかもしれないが、あそこまで激しくはない。

俺にとって、勢いのある文章というのはどういうものかというと、多少日本語がおかしかったり、整合性が取れていなかったり、言っていることが矛盾したりはしているものの、大体伝わるし、なによりも書き手の強烈な精神状態が伝わるような文章のこと。

わかりやすいのが俺の過去のpixivキャプションだ。

まず改行がなく(そもそも当時はpixivキャプションに改行が実装されていなかった)、文法も少し破綻していて、整合性があまり取れておらず、なにより行き当たりばったりで書いている。

小学校の同級生で、母親がキチガイで父親がスパルタなせいでゲームをやらせて貰えず誕生日には分厚い国語辞典をプレゼントされたりする家庭の子。俺の家はゲームし放題だったのでこいつが放課後毎日遊びに来てはスマブラDXのホームランコンテストやってベストなコンボを編み出すのに必死になってた。ある日俺が風邪で寝込んで今日は遊べないと言ったのに、俺の家の鍵の場所を知ってたこいつはその鍵を使って勝手に家に入り込み、部屋に入り寝込んでる俺の隣でパソコンを起動しログインパスワードまで入力しキャプボソフトを起動しスマブラDXをやっていた。

引用元
“不法侵入の男” | 髭林おなもみ [pixiv]

行き当たりばったりで思いつくまま書いていて、個人的には勢いがあると感じる。

あとはツイッターのつぶやき。
ブログの記事よりもかなり文体がラフで、文法もおかしいが勢いがある。

句読点のない文章の勢いと読みやすさ

以前、読点が一つもないブログを見つけたんだが文章のあまりの勢いにワロタ

さすがに句点と改行はあったので読みやすさは問題なかったし俺もこれからブログでもツイッターでも読点を極限まで使わない文章を書いていこうと思う

そもそも俺のブログは昔から読点が多すぎたそれどころか句点と改行と場合によっては読点2個くらいで改行などみやすさがどうとかわけのわからのとに配慮して無駄な労力がかかっていた

もうホンマに憎しみに疲れたのでパルテナ勢関連はこの絵で終わらせたいっすもし脳の記憶をパンコソのデータのように指定して消せるならパルテナ勢やTwitterのガキと少しでも過ごしてしまった勿体無い時間の記憶を完全消去したいヮこれからはホントに自分からは一切何も人にアクションもかけず完全に一人で好きなようにやるただ最近はおもしろいのでアルティーにメールを送っているが返事がないパルテナ勢は他にも数え切れないほどふてぶてしいゴミが居たが思い出すだけで気分が悪くなって人生が損なのでもう思い出したくないっすそしてこれから先は絶対に人とモメないと誓うモメない為なら完全孤独で良いそれくらい憎しみは辛い

出典:[R-18]「無題」/「みもなお林髭」のイラスト [pixiv]

素早く読めて読点の分のデータ量も削減できるスピーディーでエコな文章である

でもブログでもツイッターでも流石に句点的なもの(スペース、改行など)はいる
改行だけでいいかもしれない
句点の分も削減できるし

句読点のない文章はお皿に盛られた麺類が全部ひとつながりになっていてそれを一回も切れずに食べきれたような気持ちよさがあることに気づいた

伝わればいい

技術が低かったり雑な文章や絵を書く人だったかが「伝わればいいから」と供述したのに対してそれで伝わらないから問題なんだよと供述した意識高い奴が昔居た気がするがそいつがハイクオリティな物しか受け付けられない受け入れ幅の狭さなだけであって多くの人間に伝わればそれでいい

文章も絵も音楽も好みは千差万別だろうからいちいち気にしてられない
自分が気持ちいいと思った文章を書くとなると俺の場合は読点のない文章になるようだし句読点のない文章でもよっぽど読解力がない人間以外には大体のことは伝わるだろからいいと思う

下手糞な文章や論理性を欠いた文章が苦手な奴って自分はたくさん本を読んできたから勉強してきたから物書きだからとかのわけのわからの選民意識持ってそう
どんな文章も不快感抱かず読めれば一番いいじゃん

勢いがある

句読点のない文章はあまりにも勢いがありすぎて日本語が破綻したり誤字脱字していてもそれも勢いを加速させる素材にしかならないので雑さが調和を生んですごく書きやすい

絵もペン入れせずにめちゃくちゃに荒れた下書きのまま色を塗るのが気持ちいいし俺はそういう趣向なんだろう


そんな感じなので当分ツイッターでもブログでも句読点のない文章を書いていこうと思います

句点はあってもいいかなと思ったのですがツイッターでは句点代わりに全角スペースを打つことが多くそれに統一したいのでブログでは全角スペースの代わりに改行を使ってみます。

追記:
やっぱりブログでは句点使います。

勢いをつけようとして失敗し駄文に

最近はブログでも、上記のpixivキャプションのような勢いのある文章を意識していたのだが、結局普段通りのブログの記事の文体になってしまった。
変に勢いを意識すると、逆に駄文になってしまうことが多い。

いろいろ考え、試した結果、俺はブログでは勢いのある文章は書けないようだ。

Twitterやpixivのキャプションは気楽

例えばTwitterなら、140字で一旦区切りをつけられる気楽さによって、勢いをつけるのに恐れが少ない。
pixivのキャプションなら、下に必ず絵があるという前提があるので、文章で多少スベっても、保険があるような感じがする。

総合すると、それらは気楽だから、勢いがつけやすいんだと思う。
ブログだとかしこまってしまう。

例えばブログで、アルティーの口調を真似してみたら、おかしいと思うんですよ、おなもみ君、えぇ。どうでしょうか?
という具合に、個人的にスベり具合、寒さ具合が尋常じゃないと感じる。

読みやすければいい

結局、ブログでは見やすく読みやすい文章を書けばいいんだということで納得した。

文法も出来る限り正しく、整合性や論理性もちゃんと取れるように意識して、読み手が読みやすいように淡々と書けばいいんじゃないかと。

改行と句読点で読みやすくする

俺がこのブログで勢いのある文章を書こうとして失敗した理由に、読みやすい以前に、見やすくするデザインを意識しているからというのがあると思う。

文章には、文体や口調以前に、改行や句読点というデザイン的な面があると思う。
このブログでは、まずパラグラフ(句点2~3個分くらいのセンテンスのまとまり)ごとに行間を開け、句読点で必ず改行するようにしている。
そうすることで個人的にはかなり読みやすいのでずっと続けているが、そのスタイルだと勢いのある文章は書きづらい。

上記のpixivのような、改行なしで句読点も少ない、まくし立てるような文章は書きづらい。

勢いはなくなるが、改行と句読点をうまく使えば、読みやすい文章になると思うので、このスタイルは続けると思う。

見出しで読みやすくする

読みやすくなる大きな理由であり、勢いが死ぬ大きな理由でもあるのが、見出しという手法だと思う。

今年の最初の方までは、このブログでは見出しというものを使わずに記事を書いていた。
しかし、区切りがなく、読み手が疲れると思ったので、わざわざ1ヶ月くらいかけて、全記事に通し番号付きの見出しを付ける作業をした。
おかげでかなり読みやすくなったと思う。

独自ドメインに移行してからは、Table Content Plusというプラグインで、記事冒頭から見出しごとにジャンプができるようになって更に便利だ。

しかしやはり、見出しを意識すると勢いのある文章は書きづらい。
勢いをつけて行き当たりばったりで書いていこうにも、見出しを使って概念を区切っていかないとなると萎えてしまう感じがある。

勢いと読みやすさを秤にかけるなら、ブログにおいては俺は圧倒的に後者が重要なので、やはり見出しや改行や句読点はしっかり活用していくことになる。

行き当たりばったりで書く(細部→全体)か、見出しから書くか(全体→細部)という書き方によっても勢いや読みやすさは変わってくる。

構成(骨組み)から書く方法 俺は全体→細部が苦手

以下では、ブログ記事を構成(骨組み)から書く方法を書いていく。
行き当たりばったり(細部→全体)ではなく、全体→細部に詰めていく方法。

全体→細部

最近は、とにかく全体→細部を意識してブログの記事を書いている。

前の記事に紹介したpixivキャプションや、今までのブログの記事というのは、とにかく行き当たりばったりで書いていた。
頭の中に浮かんだ大体の書きたいことを、冒頭から順に好きなように書いていた。

それはそれで勢いがあっていいのだが、見出しごとに区切るのが難しくなるし、書き忘れも多くなる。

絵で例えれば、あたりをつけず、目から書いていくような感じだ。
中期までのキチガイ絵にしてもそうだが、本来俺は全体→細部よりも細部→全体が得意だった。
骨組みを作って、整合性を意識して細部を詰めていくというのは苦手だった。

なので最近の書き方は、慣れなくて少しストレスが溜まる。

全体→細部の具体的な書き方の流れ

具体的にどういう流れで、全体→細部で記事を書いていくか。
まず、記事の大きなテーマを決め、それに関して湧いてくることを、手当たり次第に洗い出して箇条書きにしていく。

次に、その箇条書きにした概念の、重要なものを見出し化して階層化する。

そして最後に伝えたい順番に並び替えていく。

もちろんその作業をしながら書きたいものが更に湧いてきたときは、逐一追加して整理していく。

そうやって骨組みができたら、出来る限り記事の真ん中辺りから書いていき、最後に冒頭やあとがき(まとめ)を書く、という感じ。
記事の真ん中辺りから書くというのはなかなか実践できず、どうしても冒頭から書いてしまう。

全体→細部のほうが確実で汎用性がある

そうすることで、書き忘れが減るようだ。
だが、書きたいという強い気持ちに任せて行き当たりばったりで書く気持ちを抑え、冷静に骨組みを作っていかないといけないのは、なかなか性分に合わなくて疲れる。

骨組みの段階ではどうしても書きたいことが浮かばず、書いているうちに浮かぶ、ということも多い。
なので、このやり方は、気質的に慣れないとなかなか難しい感じもする。

だが続けているうちに、汎用性が高く確実なやり方だとわかったので、なんとかして慣れていこうと思う。

書き尽くせない

全体→細部の書き方をしていても、書き忘れがあるときはある。

ブログに限らず、作家など文章を書く人はみんな思っているそうなのだが、やはり、どんな書き方をしても、まだまだ書き尽くせないと思ってしまうらしい。

俺も記事を書いた直後にどれだけ書き尽くした感があっても、あとで、
「あれも書いておけばよかった」
となる事が多い。

ブログなのでいくらでも編集や追記できるが、追記できないような、加筆しなければいけないような内容だった場合は、整合性が崩れるので面倒だ。

それでも、印刷する文章と違って編集が容易いのは楽だ。
あまりリライトする癖がつくと、修正の効かない、印刷する媒体に文章が書けなくなる気がするので注意したい。

書き方や勢いも適材適所

全体→細部の書き方もいいのだが、どうしても勢いに任せて書きたい時は、やはり行き当たりばったりで書くこともある。

どうしてもTwitterで勢いに任せてつぶやきたい時は呟けばいいし、pixivキャプションの場合も同様。
Twitterに呟いたことをそのまま記事にしたい場合は、ツイートまとめ記事にすればいい。

媒体は複数あるので、その時の気分や、伝えたい事柄に応じて、適材適所に書き方や文体をコントロールしていっていいと思う。
あくまで趣味なので、好きなように文章を書いていきたいものだ。

まとめ

色々書いたが、結局この記事もほとんど行き当たりばったりで書いた気がする。
もっと骨組みを詰める人は、上記の全体→細部の書き方の流れに、さらに見出しごとに箇条書きなどをしていくんだろう。

俺にはそれはまだ難しいので、書きたいことを箇条書き→それを見ながら、冒頭から行き当たりばったりで書く、ということがどうしても多くなっている。

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