他人に苫米地式コーチングを勧めづらい理由

2年くらい前から苫米地式コーチングを実践し、『実家を出る』『処女とセックスして童貞を捨てる』という大きな2個のゴールは達成できた。

だがずっと前から、苫米地式コーチングには懐疑的だった。

顕在的にはちょっと前の『「コーチング感あるのにおかしい」問題』と、『時間の流れ問答』からだったと思う。
それから更に、偽物コーチ本物コーチ、コーチ悪口ブーメラン問題が出てきて俺の中で完全に苫米地式コーチングは終わった。

苫米地氏の不誠実さ

人に軽い気持ちでコーチングすすめて、苫米地沼、コーチング沼にハマってしまって本やDVD買い漁ったもののわけがわからず、19世紀型ボイトレ並の混乱に陥って苦しんだらと思うと恐ろしい。

苫米地氏や苫米地氏側の人たち曰く、ライトに学ぶ(本などで独学)のは勘違いや曲解を生むから危ない、アカデミーで学べ、みたいな意見もあった。
そのくせに大量の本を出している。

最近ほんとコーチングが厄介なものな気がしてきて、人に気軽に進められないと感じている。

俺も相変わらずコーチング(最近はビジュアライゼーションのみ)を続けてるが、コーチングやる以上苫米地氏を追う必要はありそうに感じてたがもうあんな不誠実な人を追うのは疲れるだけで時間がもったいないと感じた。
言ってることを読み解くのも、超暇な時の暇つぶし程度でいい。

まとめ

「苫米地氏の本やら高額DVD買いまくったりクラス参加したりすればするほどわけがわからなくなって疲れ果てて追うのをやめた」という人がいた。
よっぽど抽象化できて真実を汲み取れる人ならいいんだろうが、そうじゃないとただのお金と時間の無駄になりそう。

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