声と人格の関係性 地声と裏声のバランスと仮声帯ノイズ 幼少期の影響 ものまねや変顔ができる可動範囲 等

俺は、声はその人の『人格』そのものだと思っている。

男性と女性 自己主張と自己犠牲 仮声帯ノイズと魅力的な人格

地声(内筋)が強い人は自己主張が強い、裏声が強い人は自己犠牲が強いというイメージ。
どちらかに強く偏っている声からは不健康な印象を受ける。

裏声が全く出ない、伸展が弱すぎて何をどうやってもG4も出ないという男性は当然不健康。
もちろん地声で張り上げまくりの男性にもやはり不健康なものを感じる。

逆に、地声が弱すぎて声量が全然無い女性や、常にカスカスの裏声で喋ってるみたいな人からは抑圧や自己犠牲を感じる。
萌えキャラの声に内筋がほとんど入ってないのは、自己犠牲してオタクの慰み者になる運命だからだと考えると面白い。

ジェンダー観的に、男性の声は地声が強いし、女性の声は裏声が強い。
そういう意味で男は自己主張、女は自己犠牲みたいなイメージが俺の中である。

どっちかに偏ってる人は、喋りづらかったり歌いづらそうで明らかに苦しそう。
生きづらそう。

何をどうやっても高音が出ない男性には前から不健康な印象があったが、最近は何をどうやっても低音が出ない女性にも不健康な印象を受ける。

あと地声と裏声が同じくらい強くても、全く繋がらない人は、『乖離』しているという印象。
最もやばいのは、中間に偏り固着している状態、つまり混合している状態だが。

仮声帯についてだが、仮声帯ノイズがかかってる声には、人を惹きつける、人間味のある、魅力的な人格という印象を受ける。
仮声帯ノイズは喉にも良い(内筋の入りすぎを防いでくれる)。

仮声帯発声と吸気発声の方法と効果 閉鎖筋が鍛えられ呼気圧迫を軽減できる 声の成長速度を早める 等
仮声帯発声とは、声帯の上にある仮声帯というひだを内転させて出すノイズのかかった声のこと。 その声を出すことによって、主に閉鎖筋が鍛えられる...

女性は、ジェンダー観的にも仮声帯が自由でない人が多い。
仮声帯ノイズを出すのは、はしたない、恥ずかしいと思ったりして、出さない人が多い。
声を張るのが得意な女性でも仮声帯ノイズを掛ける人は少ないイメージ。

この動画の3:15並に絶叫する女性見るとテンション上がる。
叫ぶのは喉に悪いと思われがちだが、ノイズが混じっている絶叫はまだ安全だ。
(仮声帯や外筋というノイズ系の筋肉が声帯を保護してくれるから。)

人格という点でも、自己犠牲的な、絶叫できない人格より遥かに健康的な印象を受ける。

生まれつきの骨格と人格と幼少期の影響

女声ブームの時に筆頭だった歌い手の中でも、一部の人は、男声から努力して女声を獲得したんじゃない。
元々の見た目が女性的で、それに対する幼少期の周りの好意的な反応とかによって、普段の喋り声から女性的だったようだ。

「天然で女声の男性、大体美形・女性的な顔」

「やっぱり声は生まれつきの骨格や声帯の長さで決まるんだ」
と思いがちだが、もともと女性的な顔立ちだったから幼少期から周囲に可愛いと言われて、
『本人も女っぽく振る舞うことに抵抗がなかった』
から女性的な声を出せてきたと俺は思う。

ただ、近所のコンビニに見た目は普通の男(若干女顔)だが声は女性的な男性もいるし、色々いるとは思う。

ジャイアント馬場くらいの骨格や身長でもパス度の高い女声が出せるかはわからない。
正しく練習すればある程度まではいけるはず。

生まれつきの骨格とか声帯の長さを理由にして声を諦めるのは、手が小さいからと言ってギターやピアノを早々に諦めるのと似ている。
基本の練習を極めきった最後に差が出る部分だと思うので、最初から生まれつきの部分ばかり気にして諦めるのはもったいない。

ただ、小さい頃から女性的な声を出してきた男性は、男性にしては内筋(収縮)が弱すぎて(育ってなさすぎて)、低音が出せない可能性が高い。

一般男性は収縮が強く、伸展させることが大変だが、伸展が強すぎる人(女性など)は、収縮するのが大変。
結局、自分に足りないものをやるのは大変。

成人してから女性的な声を目指す男性は、
「幼少期から女みたいな声で喋ってればよかった」
とか、
「声が低い自分が嫌だ」
と思うかも知れないが、間違いである。

低音が出ない人に比べれば、出るほうがいいに決まっている。
収縮に負けないくらい伸展を鍛えていけばいいだけだ。

発声訓練に限らず、
『強い部分を弱い部分に合わせる』
のではなく、
『弱い部分を強い部分に合わせる(つまり鍛えていく)』
のが大事。

声が嫌いな人間の人格を好きになることはない?

人間の声というのは、その人の人生、人格、その声を出したときの環境、精神状態、などがすべて集約されたものだと思っている。

だから、
『声が嫌いな人間の人格を好きになることはない』
『人格が嫌いな人間の声を好きになることはない』
のではないかと。

しゃべり声などの長い音となってくると、それはもう人格と精神状態そのものだと思っている。

近頃はネットの配信などで簡単にいろんな人の声を聞ける。
そういうものを頻繁に見ている人ならわかると思うが、顔出しをしていない配信で、その配信者の人格を推し量るには、当たり前だが、声しかない。
(長期的に観察して行動の傾向などを探る方法もあるが、はじめて見た時点である程度推し量るには、ということ。)

その人間の声質、音量、高さ、倍音、しゃべり方(早さ、発音、間、抑揚、言葉の言い回し(これは音色とは関係ないが))、そのすべてに、人格と精神状態が集約されている。
そうなってくると、例えばその人が、身の上話などの、人格を推し量れる材料を出さなかったとしても、声質としゃべり方が不愉快なら、結局人格も不愉快である可能性が高いと思う。

『声が不愉快な人の人格は不愉快』
『人格が不愉快な人の声は不愉快』
なのではないか。

なので、声を聞いた時点で不愉快なら、付き合わないほうが懸命だと最近は思う。

声優の声とスキャンダル

そうなると、声優のスキャンダルとかはどうなんだろうと少し疑問だったりする。

声優のファンは、その声優の声(人格、精神状態)が好きなのだろうが、やれ、
『彼氏がいた』
『処女じゃなかった』
となると烈火の如く怒り出す。

「それでも声は好き」
という人がいたとしたら、俺の言ってることは間違っていることになる。

『そのスキャンダルが起こってから声が嫌いになった』
としたら、ただの坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というだけの話になってしまう。

それか、結局のところ声優の声は、普段のしゃべり声さえも作られたものなので、人格とは隔離されている、ということなのだろうか。

なんか結局、声と人格は必ずしもつながってないというような感じになってしまいましたが、『高い確率で』つながっていることは間違いないと思う。

もしかしたら、声と人格が繋がっていると想ってしまった理由は、以前にとても嫌いな人格の人がいて『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』となって、声も嫌いになり、結果、
『その人と似た声の人はその人の人格を思い出すから嫌い』
というものかもしれない。

だが、俺の考えが正しいのならば、
『声が似ているということは人格も似ている』
ということになるので、それも間違ってないはずだ。

声は人を判断する材料としてかなり重要であることは間違いない。

結論としては、声と人格はかなり高い確率で繋がっていると思うので、
『声が嫌いな人の人格を好きになること』
『人格が嫌いな人の声を好きになること』
は、
『(高い確率で)ありえない』
ということ。

声は人格そのもの。
顔も人格そのもの。
服装も髪型も仕草も人格そのもの。

俺の好きな声と苦手な声

俺の苦手な声を挙げます。
誹謗中傷の目的はないのでご了承ください。

芸能人
 所ジョージ
 植木等

声優(男)
 チョー

声優(女)
 新谷良子
 小林ゆう
 井上真里奈

その他(男)
 ヤーイヤイ(リアルの知り合い)

一般人に関してはこの限りではありません。
ヤーイヤイは人格も大嫌いだが、他に挙げている人の人格が嫌いかどうかは、接したことがないのでわからない。

SNSで晒される街の変人や統合失調症患者に特徴的な声の人が多い理由

近頃は、街にハゲや変人や、一人で喋ったり怒鳴ったりしている人がいると、すぐに動画を撮られてSNSにさらされる時代になった。
俺もたまにそういう、街の変人や統合失調症患者の動画を見るが、見ていて思うのはとにかく特徴的な声を持った人が多い。

最近、ある本を読んで、その理由が少しわかった。

基本的に現代人は、言語を得たことによって抑圧が生まれ、声帯の機能の大部分が失われ(うまく使うことができなくなり)、自由な発声ができなくなっている。
街で大声を出してはいけないとか、夜に大声を出してはいけないとかの、社会的な抑圧もある。

言語を獲得する前の人類(古代人)なんかは、とにかく歌いまくったり奇声を上げまくったりしてて、多くの現代人には出せないようなあらゆる声を出しまくっていたらしい。

古代人は、右脳のある領域が発達していたという。
言語や論理は左脳が司るものだと言われているが、それは現代人の話で、言語を持っていなかった頃の人類は右脳の言語野が活動していたと。
古代人はその右脳の言語やによって常に神の声を聴いており、全員が統合失調症みたいな状態だったらしい。

半分現実の声を聞きながら、もう半分では常に神の声(幻聴)を聴いている状態というか。
それがその本のメインの話である『誰かに監視されているという感覚』の話とつながっていた。

つまり現代人は言語や社会による抑圧だけでなく、右脳のある領域の活動が減ったことも原因になって、自由な声が出せなくなっているのではないかとおもった。
街で一人で怒っている、現代の統合失調症患者なんかは間違いなく右脳のある領域が活性化していて、神(または見えない敵)と会話して戦っている。

それがなんかこう影響して、発声能力を高めるというか、多くの人が使えていない喉の筋肉を使うことになり、特徴的な声になっていくのかもしれない。

特徴的な声を持つ人達

タルパ(イマジナリーフレンド)と瞑想の危険性

しかもその右脳のある領域というのは、
「想像上の人物と話す」
ことでも活性化するらしい。

それはまさに瞑想だったり、イマジナリーフレンドだったり、チベット密教のタルパだったりとも通じてくると思う。

現実に存在する誰かと会話やチャットをするのではなく、頭の中で作り出した想像上の人物と、一人で会話をする。
その想像上の人物の人格は、自分自身の人格を分割して作った人格と言える。
一人っきりでその人物と会話を繰り返すのは、瞑想的だとも言えると思う。
その会話が自然になればなるほど、右脳のある領域が活性化するはず。

個人的な話になるが、俺は14~17歳の間、そういった想像上の人物が脳内に居て、頻繁に会話していた。
それが引き金となって、女声を練習したり、当時はアンザッツを知らなかったが、アンザッツ的な奇声を上げたくて仕方が無くなったことに通じていると今となっては思う。

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つまり何が言いたいかというと、やっぱり瞑想は重要であり、同時にめちゃくちゃ危険ということ。

俺は10代当時、とにかく現実がつらすぎて、そういったタルパ的存在を作り出さざるを得なかった。
学校に行かずに1日中布団にこもって脳内世界にダイブするという、瞑想的なことをしていたこともある。
瞑想や催眠オナニーで光が見えて、多幸感に包まれたこともある。

おそらくそれらによって奇声や女声を出すという自己イメージが出来上がり、さらに社会生活が送りづらくなった。

自由な声を出す、真にバランスの取れた中声を出すには右脳のある領域の活性化が必須なのではないかと思う。
そのために瞑想をやる必要があるが、くれぐれも気をつけないと、キチガイになって、結局精神も声も混合してしまう。

多重人格(解離性同一性障害)と声の一時的なバランスの固着

俺の知る限りだが、解離性同一性障害の人で、
『各人格ごとに声が別人のように変わる』
というケースは見たことがない。

人格が色々あって、交代時に記憶の連続性がないレベルの人でも、声はほとんど同一人物であることが多い。
声質や地声と裏声のバランスは同じで、喋り方や歌い方や抑揚の仕方が違うくらいだ。
絵や筆跡が全く違うというのはあるようだが。

例えば男性人格と女性人格があって、二つが完全に乖離してるとする。
前者は内筋が相当強くて、後者は前筋が相当強いとする。

『男性人格を表出してるときには全然伸展できない』
『女性人格を表出してるときには全く収縮できない』
つまり、
『男性人格時は完全なオッサン声』
『女性人格時は完全なアニメ声』

いくら声と人格が繋がっていると言っても、そんな人はいるはずがないと思う。

一つの身体に完全な男性声と完全な女性声という極端な端は共存できるんだろうか。

男性人格時にも静的に伸展は下品なほど強く
女性人格時にも静的に内筋が下品なほど強い
としたら、それらが融合できればスーパーボーカリストだ。

もしいたとしても、例えば男性人格時に叫びすぎ、伸展が死んだら、女性人格に交代したときにも思うように女声が出ないはず。

『一時的な筋肉の固着』
は、精神云々じゃどうしようもない。

俺自身は乖離に縁が無いので想像だが、もし女性人格のようなものが生まれ、それに交代したら、まず声のパス度あげることに必死になると思う。

ちなみに、声が枯れるという状態があるが、それはほとんどの場合筋肉のバランスが固着してるだけのことが多いはずで、それなら偏ってる方向と逆方向の声を出しまくれば戻る。

人格の可動範囲と声の自在性 ものまね 声真似 変顔 ギャグ ノリの良さ

自由にいろんな声を出せるようになるには、結局のところ、自由にいろんな人格や精神状態を出せる必要があると俺は思う。
いろんなものまね、声真似をすることが、喉の、使えてない筋肉を使うことに役立つ。

いろんな役を演じたいなら、いろんな声を出せる必要がある。
声と人格がつながっているなら、そのために、多重人格者的にあらゆる人格を一つの体に入れ込むことが必要だ。
もちろん、コントロールできる範囲でだが。

最近思うが、
『人格の可動範囲が狭い人間』
は苦しんでいる。

それはつまり、人格的に
『できない事が多い』
ということだ。

『ノリが悪い』とも言える。

例えば俺の人格で言うと、
『ギャグができない』
『面白いことが言えない』
『ものまねができない』
『変顔が出来ない』
『流暢な英語でしゃべれない』
などである。

あなたは誰の前でも変顔やものまねができるだろうか。
本気でピカチュウやトゲピーやドラえもんのものまねができるだろうか。
俺は酒を飲まないとできない。

ちなみにこの場合のギャグは、一発ギャグのこと。
自分で一発ギャグも開発できないし、一発ギャグ芸人のギャグを真似ることも恥ずかしくてできない。

ものまねは、喋り方ものまねや動物ものまねのことで、俺は歌マネならできるのは結構ある。
さらに俺は上述のようにギャグやものまねや変顔は恥ずかしいが、さすがに人前でハイテンションで歌うことくらいはいつでもできる。

『できないこと』は、基本的に、それをするのが『恥ずかしい』からだ。
羞恥心でもなんでも、根幹は『恐怖心』だ。

裏声を出すのさえ恥ずかしがる男子や、仮声帯ノイズやエッジボイスを出すのさえ恥ずかしがる女子というのも結構見てきた。

飄々とした人格と、芸人の人格

俺はとある人物を『飄々とした』人格であると感じた。

俺は、いろんなことにほとんど動じないその人格を見て『最強の人格』かと思っていた。
しかし最近は、まったくそうは思わない。

上述の『できない』リストは俺のことだが、その飄々とした人物も多分できないだろう。
彼は
『動じていない(”ふり”も含む)こと』
を意識しすぎて、ギャグやものまねはできないと思う。

そういう意味で、飄々とした人格にしろなんにしろ、固着しきった人格というのは最強でも何でも無い。

テレビに出てくるタレントや芸人はさすがだ。
『無茶振り』にも答えるし、変顔もものまねもとっさにやってのける。

その中でも明石家さんまさんは特にすごいと思う。
芸人はほとんどそうだが、
『この人は人格的にこれができない』
というのがやはり少ない。

そういった、
『人格の可動範囲が広い人間』
に比べたら、
『飄々とした人格』いや『飄々としかできない人格』
なんか最強でも何でも無い。

俺がネットで見たある女性は
『誰の前でもあらゆる変顔、ものまね、声真似ができるし、鼻もほじれるし、ケツの穴にウンコ拭いたティッシュがついてんだよとかも言える人格』
だった。

人格の可動範囲がすごいと思った。
自己イメージが崩れることを恐れてない。
自己イメージが固着してない。
しかもそれが動画とかで永久保存されても気にしない。

そこまで極端な二人を見て思ったが、結局、声も人格も、自分に必要なものを出していけばいいんだなと思う。
誰しもが、広い可動範囲を持つ人格である必要はない。

声と人格は相互作用

したがって、役者などを目指していて、いろんな声を出したい、いろんな人格を出したい人は、声だけでなく人格も『分離』『確立』『再融合』が重要かと思う。

世の中の大多数は、
『一人の人間(身体)に、一つの(ある程度可動範囲の決まった)人格』
と捉えている。

人間は多面体なのに、一つの面しかないと思いたがって、別人のような面を見ると、
「どっちが本当のあの人なの」
などと、言いだす人も多い。

もちろんどっちの人格もその人だ。

自由な声を出すには、『一人の人間に一つの人格』という固定観念や、固着した自己イメージを壊していく必要がある。
そして、人格の可動範囲を広げたり、いろんな人格を取り入れていく。

声と人格は同じものであり、相互作用しているとも言える。
さらに、『身体』と『人格』も同じものであり相互作用。
つまり、『身体』と『声』も同じものであり相互作用だ。

万物は縁起で繋がっている。
だから、『自分』と『世界』も、突き詰めれば同じものであり相互作用だ。

問題は、その相互作用を自分でいかにコントロールしていくかだと思う。

声が持つ『気』

腹式呼吸は発声にはほとんど関係ないというスタンスで来たが、丹田の話を踏まえると相当重要だ。

声が持つ存在感や説得力、または、声やその人が放つ『気』みたいなものを変えるには呼吸や姿勢(各骨や筋肉の使い方)をなんとかして丹田のバランスを変えるしかない。
どれも、言語化できないものだ。

ただあくまでそれはミクロな話で、多くの人は呼吸や姿勢を弄り回すより、まず地声と裏声のバランスを変える為に色んな声を出してくことが重要だと俺は思う。

「特定の丹田が強くなりさえすれば勝手に高音出せたり声量も上がる」
という風に、喉の筋肉が抜け落ちて、呼吸・姿勢万能論に陥ると巷の発声訓練と何も変わらない。

まとめ

精神科医ラカンの『対象a』という用語の代表格4つの中に『まなざし』と『声』が含まれていて面白いので、興味がある人は以下の関連リンクから読んでみてください。

関連リンク
対象aとは – はてなキーワード

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