Twitterに関する記事まとめ

目次

2014年12月18日 Twitterをやめたけどつぶやきたいので

今年の5月にTwitterを半分やめ、pixivやYoutubeの作品投稿の告知をするためだけに使っているが、最近また、手軽に思いを呟きたいという欲求が沸いてきた。

しかし、もうSNSの人間関係には本当にうんざりなので、何か良い方法はないかと考えている。

TwitterはTwilogなど外部サービスを使わないと月別アーカイブもないし、呟き一つ一つにカテゴリーも付けられず、過去のツイートを人に見てもらうことが難しい。
そして、フォロワー数やら、リムったリムられたブロられたやら非公開リストに入れられたやら、リツイートされたやらファボされたやら、煩わしくてたまらない。

これまでこのブログでは、作品の告知や、俺の日常の経験など、俺に関する大体の情報を公開してきたが、これからはさらに、Twitterのように気軽に思いを書けたらと思い、方法を模索している。

ブログならカテゴリ分けもできるし、検索もしやすく、アーカイブもすぐ見れる。
何より、無駄なコミュニケーションがいらず、基本的にはこちらから発信するだけでいいのが楽だ。

とりあえず、タイトルだけ書きなぐったような形式の記事を投稿していこうかと。

俺は拙くてもなんでもいいから、この憎しみやら色んな思いを文字や絵や音楽にして、不特定多数の人間に見てもらいたい。
それが恥だろうが、浅かろうが、もう関係ない。

本当にここ以外にさらせる場所がなくなってきた。

2015年1月19日 人に髭林おなもみという名義を名乗りにくい

5年前にpixivにキチガイ絵を投稿し、配信を始めたくらいから、髭林おなもみという名義を使っている。
今に始まったことではないが、俺がこの名義でネットで発信している情報のほとんどが、攻撃的で反社会的なせいで、人に自己紹介がしづらい。

最初は配信で暴れるだけだったが、徐々にTwitterでは暴言を吐きはじめ、キチガイ絵ではモメた人間を描き、キャプションが徐々に辛辣な悪口になり、挙句の果てにはこのブログを作って憎しみ記事を書くまでになってしまった。

俺はこの髭林おなもみという名義に、自分の負の部分をすべて担わせてしまっている。

例えば、この悪口だらけのブログ。
暴言キャプションと気持ち悪い絵だらけのpixiv。
攻撃的なガヤだらけの楽曲。
Twitterでの攻撃的なツイート。

『髭林おなもみ』で検索するとそれらが出てくる。

名義を使いづらい

俺としては、自分で作って発信しているものなので、当然できるだけたくさんの人に見てほしいが、だいたい、交流を持った人がこれらを見に来ると、
「関わってはいけない人だ、不愉快だ」
と思われ縁が切れることが多い。

おかげで、例えばネトゲやSteamをやる時は、もはやこの名義は使いづらくなっている。

髭林おなもみでググればこのブログがヒットし、憎しみ記事が出てくる。
このブログを見てなお俺と関わりたいという人間は少ない。

たとえばPixivとかで他人の作品にコメントしたり、Twitterで人に絡んでいくことが憚られる。

だからと言って別の名義を作って活動するのは安確である。

まぁ本当にコメントしたいときとかは、そんなこと気にせずコメントするが。

名義の紐付け

当然この名義をリアルと紐付けすることはできない。
あと、リアルで人と会ったときに、曲作ってるんですか、歌ってみてください、と言われて『金曜夜の葛藤』などを歌おうとするけど、歌詞やタイトルでググられるとこのサイトがヒットしてしまう。

ふたなりちんぽを描く時の名義を別のものにしたのも必然だった。

その代わり、この名義で憎しみをすべて出し切っているおかげか、他の名義やリアルではクリーンでいられる。それはそれで不自然だが。

まとめ

暴言や恨み言を書くことで、自分で自分の首を絞めていることはわかるが、やはりやめるわけにはいかない。
吐き出したい気持ちを我慢するつもりはない。

この先、この名義で人と交流しようと思ったら、少なくともこのブログの記事の過半数を消さなければならない。
もちろんそんなことはしたくない。
別の名義なんかも作りたくない。

髭林おなもみという名義を自分で汚しすぎたが、もう開き直って、気にせずいっていい気がする。

2015年1月25日 Twitterでリムーブ返しができるサービス

ちかごろ増え捲くっている、Twitterのスパムアカウントやら相互フォロー支援アカウント。

別にそいつらと相互フォローになる分にはいいのだが、中には、こっちがフォロー返して相互フォローになったらあとでリムってきて、自分のフォロワー数だけを増やそうとするヤカラがいる。

そういう場合は以下のサイト使えば捗る。
自分のことをフォローしていない奴を全員リムれる。
定期的に自動でやってくれれば一番なんだがそれは出来ないようだ。

Connect – ManageFlitter

Twitterでリムーブ・ブロックされたら・・・ ひすったー

2015年2月4日 Twitterなどで鍵アカウントにしてる奴は”ネット隠居”者

昔の俺もそうでした。
そういう奴は”ネット隠居”者。
安確。

2015年2月4日 Twitterにはカテゴリやログがないから不便

最近は、ブログよりも圧倒的にTwitterの時代かもしれない。

だが、よく考えると、Twitterはブログのようにツイートごとのカテゴリもない。
ログも3000件までしか残らんのがダメだ。
外部サービス使えば別だけど。

俺もTwitter始めて4年くらいの間に10万ツイートくらいしてきたが、最初からブログをやっていれば、あの時の考えや画像も残せたのにと思う。
もちろん残したくないのもかなり多いが。

あと、Twitterはフォロワーがどうとか、ファボがどうとか、人との距離感が近すぎてわずらわしい。
Twitterはもう、人とのコミュニケーションや作品の宣伝に特化したサービスだと思って、割り切って使います。

2015年2月10日 Twitterのタイムラインは鬱陶しい

2009年後半からTwitterを初めて、2014年の半ばにやめた。

合計10万ツイートを超えるくらい利用してきたが、ストレスが溜まることが多かった。

不愉快なツイートが目に入る

タイムラインが鬱陶しい。

鍵垢にしたり公開垢にしたりを繰り返し、絶えず暴言を呟きまくってきた俺が言うのはおかしいんだが、不愉快なツイートをする奴がタイムラインにいるだけで、気分が悪い。

でもリムーブやブロックをすると揉め事が起こる可能性がありめんどくさい。

だからすぐにミュートしている。
それによってガイキチくんとはモメたわけだが。

有益な情報とか、不愉快じゃないつぶやきだけ見ていたい。
精神衛生を保ちたい。

Twitterに限らず、mixiやらFacebookやら、SNSは大概、フォローした人間の更新情報を表示するアクティビティ的なものがある。

自ら進んでフォローして、その人のツイートや行動記録が自分のタイムラインに流れることを望むならいいが、向こうからフォローしてきて、フォローを返してタイムラインを見ると、鬱陶しいことを呟き出したり、くだらないツイートをリツイートしてたりして辟易する。

「Twitterで10万ツイートも暴言を吐いて、人の気分を害し捲くってきたお前が言うな」
という意見が飛び出すが、それにはなにも言い返せません。

その頃からタイムラインに鬱陶しい奴が山ほどいて、それに腹が立って暴言を吐きリムられると言うことを繰り返していた。

「それなら最初からフォローしないか、リムーブすりゃいいじゃねえか」
という意見が飛び出すが、その通りです。

人の影響を受ける

そもそも、鬱陶しいツイートをしてようがしてまいが、タイムラインを覗くといつも決まった人間がいるという事が異常だと感じ始めた。
ネットであろうと、決まった人間の発言を定期的に見ていると、そいつの影響を受ける。

俺は最近それが怖いと思い始めた。

だからタイムラインは極力見ず、リストに入れて、気が向いたときだけ見に行くことにしている。
気が向かなければ何ヶ月も見に行くことはない。

ブログとかが流行ってたころは、タイムラインのようなものはなく、気になるブログがあったら毎日アクセスして更新されているか手動で確認しにいっていた。
まぁRSSフィードなどはあったが、表示されるのはタイトルだけで、内容はやはりアクセスしてページを見ないとわからない。

まとめ

そんな感じで、SNSというのは疲れる。

このブログでひたすら好きなように記事を書き、見たいやつだけ自分の意思で見に来るという、今の状態が一番、精神衛生上良い。

2015年3月22日 ネットで使う名義の分離 混同 統合 Twitterのサブ垢やアカウントの複数管理について

2年ほど前に配信で知り合った、裁判の男というのがいる。
去年の前半に俺が荒れ狂ってモメて絶縁したが、その後そいつ自身もスカイプかなんかで誰かとモメ、相手に裁判を起こしたようなのでそう呼んでいる。

もう彼のTwitterアカウントは消えているが、以前、
「まぁアカウントなんていくらでも変えればいいから(;´▽`A“ 」
と言っていたし、別の名義で活動してるんだろう。

ネットの名義というのは、いくらでも変えて使い捨てにしていけばいいというものなのだろうか。

アカウント分割

俺はどうなっても絶対に髭林おなもみという名義でずっとやりたい。
というかほとんどの活動で『髭林ダイナマイト○○』とかいうネーミング使ってるし、髭林おなもみBANDもあるしで、名義変えるとかはありえない。

とりあえず、やはりエロ絵とキチ絵と日常のつぶやきの三つくらいは、分けていて正解だと思った。
日常のつぶやきは見たくても、
「キモイ絵は見たくない」
という人に配慮したい。

活動し始めの頃はそんなことは考えていなかったが、次第に、
「人にどう思われているだろう」
「嫌われたらどうしよう」
という気持ちが強くなっていった。
その結果アカウント分けが始まったので、あまり良い動機ではないのだが。

複数アカウント管理のめんどくささ
さすがに普段のつぶやきとエロ絵は分けたほうがいいと思うが、萌え系の絵とキチガイ絵(アル春)で分割されてるのが最近気になってきた。

普段のつぶやきとか写真の投稿は本垢で、萌え系の絵は春画投稿垢、アル春は髭林ダイナマイトスタジオという感じなのだが、めんどくさすぎる。

そんで全年齢でチンポやオ○ンコが露出されていない萌え絵はこの垢という細かい区分。
体はひとつのなのに精神が分割されてるみたいで気持ちが悪い。

『人に見せていい部分』
『見せたくない部分』
で自分を分けすぎている。

味噌もクソも一緒にしたらまずいとは思うんだが。
塩梅が難しい。

二次元エロ絵とは関係ない人にもフォローされている本垢に、ふたなり女の汚らしいハダカでチンポやマンコが露出された萌え系の絵や、醜悪で気持ち悪いアルティーが射精してる絵なんか投稿するのは申し訳ない。

キチガイ絵、萌え系の絵、アル春、露悪憎しみブログ、普段の呟き、これらを最初から一本のアカウントで統一してやっていたら今ごろどうなっていたんだろうか。

アンケート結果はこのようになったが、やはり嫌がる人はいるようだ。

まとめ
隠さなければならないことをやってるという後ろめたさがうっとうしい。
昨今のように名義を分けられるハイテク時代でしか通用しない問題パーソナリティではないかと思う。

2015年4月15日 Twitterで俺をフォローしてるくせに記事さえも見に来ないクソ

俺のTwitterを見てもらえればわかるが、けっこうな数のフォロワーがいる。

ただ9割は業者や相互フォロー支援アカウントなんで中に人はいない。

残りの1割は、配信やらpixivで知り合った人間のはずなんだが、一向に記事を見に来ない。
作品とかは見に来てるのか知らんが。

髭林ダイナマイトスタジオというアカウントは、作品や記事投稿、配信開始の告知、楽曲や作品の紹介などを呟くためのアカウントだ。
それをフォローしてるくせに完全スルーしてる連中はなんなのか。

興味がないとか、飽きたとかなら、さっさとリムってくれればいいんだが、(当然こちらも向こうに興味がないのでツール使って速攻でリムり返すが)
おそらくミュートとかしてるんだろう。

こういうことを言い出すところが、人を自分の利益のために利用しようとする自己愛性人格障害なんだろうが、関係ない。

追記:
記事投稿してから気づきましたが、俺のTwitterはフォロー返し100%でやってますが、タイムライン一切見たことがありません。
ほとんど業者だし見る価値がないので。

あと、個人アカウントのほうでも、どうでもいい絵描きやら、不快なツイートをする奴は速攻でミュートしてます。
リムると波風が立つんでミュート。

じゃあお前も人をフォローをしていて一切見てないんじゃないかという意見が飛び出しますが、その通りなので気になさらないでください。

2015年5月4日 Twitterでフォローを返したらあとでリムってきて、自分のフォロワー数だけを増やそうとする、歌い手や絵描きのゴミ野郎

Twitterでフォローしてきたから返してやると、即座にリムってきて、自分のフォロワー数だけを増やそうとする、最低最悪のゴミがいる。

今まで何度もそういう連中を見てきたが、相互フォロー支援やらスパム野郎が大半かと思いきや、絵描きやら、歌い手のゴミが結構多い。

見つけ次第、できるだけ早く、ManageFilterという連携アプリでリムり返し、しっかりと、ブロックとスパム報告をしている。

その際、相手のホームにアクセスする必要があり、糞みたいなツイートが目に入ってしまいそれだけで気分を害する。

今のところリムり返しに使える連携アプリはこれしか知らんのだが、リムられたと気づいてからリムり返すまでの、少しの間だけでも、絵描きや歌い手のゴミを、あたかもファンのように、こちらが一方的にフォローしているという状態になっているというのが耐えられない。

ミュート機能があるなら、リムられたら即座に自動でリムり返す機能もつけてくれや。

2015年6月12日 Twitterやブログで悪口や暴言を吐いて発散することの危険性 ネット依存と匿名発信

俺は今まで散々Twitterやブログで悪口や暴言を発信してきた。
主にリアルの知り合いのことである。

この記事では、ネットで悪口や暴言を発信することの危険性や、実名との紐付けなどについて書いていく。

Twitterで暴言を吐くことから始まった
さかのぼると、そもそも俺がネットで暴言や憎しみを吐き出し始めたのは、5年前にTwitterを始めたあたりからだったと思う。
Twitterを始めて最初に暴言を吐いたのは、確かリアルの知り合いの連中のことだった。

そのツイートは今でも安確いじりBotに残っている。

リアルの知り合いに対する不満を、その場では我慢し、というか面と向かって言えないから、ネットでハンドルネームをつけて陰口を叩いているという状態。

そういうのを思い返すと、結局はそういうのも広い意味では『陰口』だし、リアルでの陰口に比べ、半匿名でハンドルネームをつけて吐き出しているあたり、かなりの安全確保具合だ。

当然リアルの知り合いは裏でそんなことを言われていることを知らないので、誰かを傷つけることはなかったが、ネットでの人間関係における愚痴もこうやってネットで吐き出すので、いよいよネットにも居場所がなくなってきた。

このブログは実名では書けない

例えば俺が実名で、このブログに書いているようなことを書くと、家族、親戚、職場の人などに見られた場合、当然俺の人格は疑われ、ネットの知り合いにされたように絶縁され、不利益しか起こらないだろう。

『髭林おなもみ』というハンドルネームを使って、リアルの自分の安全を確保するため、実名や住所を明かさないまま、恨み言や人生経験を書いたところで、言葉に信憑性もなく、単なる安確なんじゃないかと。

つまり、実名で書けないようなことを、ネットで書くくらいなら、自分しか見られないローカルの日記にでも書くか、心の中に秘めておいたほうがよっぽどましなんじゃないかということだ。

人間誰しも恨み言くらい沸いてくるだろうから、大半の人は2chなどに書き込んだりして発散してるんだろうが、俺は2chをはじめとする掲示板は、最初の頃からほぼROM専で、スレの流れが止まるのが怖かったりして、抵抗があり書き込めない。

だから、Twitterを始める前などはWindowsのメモ帳やマインドマップやEvernoteに、気づいたことやら、暴言やら大量に書き捲くっていた。
今でも書いているが、テキストファイルだけで2MBに達している。

リアルで怒鳴ればよかった

よく考えると、俺から拒絶しなければ、リアルの知り合いと絶縁することもなかった。

ひたすら暴言や愚痴を言わず、溜め込まず、『普通に』付き合っていれば、別に揉め事も起こらず、人間関係は淡々と続いていたんじゃないだろうか。
現に安確いじりも受けて腹を立てたりしたが、それをネットで吐き出さず、その場で怒鳴ったりしたほうが、それで別れることになろうが、まだ健全だったんじゃないだろうか。

ネットでしかできないことの危険性

ちょっと脱線したが、何が言いたいのかというと、匿名だろうがハンドルネームだろうが、ネットに逃げ込むとろくなことがない気がしたということ。

ネットというツールに触れた時の感動というのは物凄かったが、結局、『ネットでしか言えないこと』みたいなものは、最後はいろんな意味で身を滅ぼすんじゃないかと。

このブログで言うと、商品レビュー記事や防音室の記事、健康に関する記事は、別にリアルでも、誰にでも普通に話せる内容だ。
そういうことはネットを有効活用すればいいが、憎しみ記事などは、『人生行き止まり』を加速させる原因になるだけで何の価値もないのかもしれない。

キチガイ絵や髭林おなもみBANDも、どう考えてもネットでしかできない活動だと思う。
現に、職場の人などにキチガイ絵を見せろと言われると抵抗があるし、髭林おなもみBANDの楽曲も、あのセッションアルバムなどをはじめとして、聴いてもらうのに抵抗がある。

そういった『負い目』のある活動に意味はあるのかと、自分自身わからなくなってる時点で、それを続けるのには色々と考えたほうがいいのだろう。

まとめますが、もうこれからは、ネットでしか書けないような、悪口や恨み言、憎しみの記事は書かず、書きたくなったらローカルのメモ帳にでも書かくか、気分転換でもするかして、徹底的に自分の中だけで解決させていきたいと思います。

リアルで誰にでも話せる内容だけを書く

書く記事の基準は『リアルで、誰にでも話せる内容』のみ。
つまり当たり障りのない日常でのことや、商品レビューや、健康に関する記事などです。

商品レビューや上咽頭炎で検索してきてくれた人らも、憎しみ記事なんて見たら気分を害するだけだと思うので。

それでも、前の生ゴミ水事件のように『こういう人間がいた』という記事は書きたくなったりしそうだが、昨今のSNSチンコロ安確と同類になりたくないので、それも我慢したい。

まとめ
俺自身、人生脱線しすぎで、人と同じレールに乗れないから、ネットで奇をてらい捲くって、自分を保とうとしてきた部分が大いにある。
これからも一般社会でまともにやっていける気はしないが、だからといってネットを使って恨み言を発散するのは少しずつやめていこうと思っている。

2015年9月12日 Twitterでフォロワー2000人超えでも実際にツイートを見てるのは20人前後

皆さんはもうTwitterのアナリティクスという機能を使いましたか。

いつ導入されたかはしらんが、自分のツイートで反応が大きかったものを見れたり、各ツイートの閲覧数、URLクリック数などが細かく見れる。

俺も見てみたのだが、フォロワーが2000人いるのにも関わらず、ツイートの平均インプレッション(閲覧数?)は平均20、いや15くらいだった。

記事投稿や作品投稿、配信の告知ツイートなどではURLも載せているが、それがクリックされることも限りなく少ない。

フォロワー2000人のうちほとんどはスパムや業者で、実際の人間がいたとしても、ミュートしたり放置したりで、ほとんどツイートを見てないんだろう。

結局、相互フォローアカウントなどをフォローしてフォロワー数を増やしても、ツイートの閲覧自体は増えないので意味がない。
ぱっと見、人気者に見えるだけ。

追記:最近は閲覧数が50以上に増えました

2015年12月12日 Twitterでフォローしていたスパムアカウントをすべてリムーブしました

俺が管理しているBotなどのTwitterアカウントは合計で20個近くある。
その中のいくつかは、フォローとフォロワーが1,000を超えていた。

だがそのうちの9.9割は、中に人がいる普通のアカウントではない。
相互フォロー支援やら、広告やSEOや宣伝目的の『スパムアカウント』である。

そういうスパムアカウントをすべてリムーブしたので、下記に詳しく書きます。

Twitterのスパムアカウント

Twitterのスパムアカウントはおそらく、
「Twitterだけで月○○万稼げる」
とか謳っている情報商材か何かに影響されて、都合のいい話はないということを分かっていない人間が大量に作ったものである。

こんな連中にフォローされていても、まず俺のツイートを見に来ることはないし、こちらも相手のツイートを見ることはない。

なので、『中に人がいるアカウント』だけを残してすべてリムーブした。

こんな連中と相互フォローになったのは、とにかく、
「フォロワーが多いと見せかけたかった」
それだけの理由だ。

こちらから、相互フォロー支援などというアカウントをフォローしていけば、必ずフォローが帰ってくる。
俺自身も相互フォロー100%だと思われて、そういう連中が次から次へとフォローしてくる。

実際はいくらフォロワー数が増えようが、こちらのツイートを見に来ることはないので、俺のツイートの閲覧数は2桁どまりである。

フォローしてくる分にはかまわないが、こんな連中をフォローしていては、なにかとんでもなく無駄なことに加担しているような気がして気持ち悪くなったので、すべてリムらなければ気が済まなかった。

結果的に、フォロー数2桁、フォロワー数4桁という形になってしまい、前に俺が『フォローを返したらあとでリムってくるゴミ』という記事に書いた連中と同じことをしたことになるが、中に人もいないし、こちらは相互フォローを謳ってもいないので問題ないとは思う。

Twitterにはスパムアカウントが多すぎる

リムーブ作業をしているとき、スパムアカウントのあまりの多さに辟易した。

『干し草』、『幾何学』、『靴下類』、『国民軍』、『異様』など、SEO目的なのか知らんが、わけのわからない名前でフォローとフォロワー5000以上のアカウントやら、女の顔のアイコンでプロフィール欄には好きなことは○○ですと書いているアカウントやら、似顔ジェネレータみたいなもので作ったアイコンで、ネットで企業する方法を教えますなどとほざいているアカウントやら、そんなものばかりだった。
そいつらのツイートの内容は大体、どこぞの名言をBotで自動的でつぶやいているものばかり。

そして、そういう連中がそういう連中同士でフォローしあっているので、何も生み出さない。

まとめ

くだらないことに加担しないためにも、これからBotなどを作る人は、めんどくさくても、フォロー返しは手動にし、ちゃんとプロフィールを見に行って、中に人がいるか確認してからフォローを返したほうがいいと思う。

追記:
指摘があったので書いておきますが、中に人がいないアカウントだけでなく、中に人はいるものの、フォロー数が1000を超えていたりして、明らかに俺のツイートなど目に入ってないであろうアカウントもリムーブしました。
一回でもファボやRTがあったアカウントはとりあえず残しておいた。

正直、お互いがお互いのツイートを一切目にしない状況でフォローし合っていても意味がないと思う。

そういうアカウントと、上記のスパムアカウントを総合して、『名ばかり相互フォロー』と呼びたい。
ツイキャスの『名ばかりサポーター』と同じ類のものだ。

2016年10月1日 自己愛の肥大化と自意識過剰のせいでTwitterで呟くことが減った 自虐ツイートなどについて

17歳のとき(2009年9月28日)にTwitterをはじめ、暴言を吐き捲くったり、嫌いな人物を非難し捲くって、毎日平均100ツイート以上呟いたりしていた。
これまでに色々あり、アカウントも3度ほど変え、今はツイートの量も減った。

特に、他者を非難するツイートなど、人が不快になるツイートはしないようにして、ツイートする内容もけっこう吟味している。
衝動的に呟くことは、酒を飲んで酔っ払っているときくらいしかない。

そうなったのは自己愛の肥大化と、それによる自意識過剰による影響が大きい。

他者非難は、あてはまった人全員を不快にさせる

ツイッターで暴言を吐き捲くっていた17~20歳くらいのときは、どんな内容であれ、とにかく思ったことを吐き出し捲くっていた。

劣等感が強く、なおかつそれを他人のせいにしようとしていた俺なので、内容はほとんど、やれ
「誰々が憎い、死ねばいい」
「こういうことをやってるやつはきもい、うざい」
などの暴言である。

今は、そんなことを呟いて、見た人に不快な思いをさせたくないので、当たり障りのない、どうでもいいことばかり呟いている。

嫌いな人間の特徴を挙げ、それを非難するツイートをすると、そのツイートを見た人が
「俺もあてはまるじゃねえか…」
となって不快な思いをする。

当て擦りかと思われたら、またトラブルの原因になる。
その人のことを指しているつもりはなくても、特徴にあてはまったというだけで、自分のことかと思う人が出てくる。

他者非難だけでなく、自己非難も人を不快にさせる

そういった他者非難が人を不快にさせるのは当たり前なのだが、自己非難も、人を不快にさせることがある。

俺が、
「23歳でフリーターでクズな俺は死んだほうがいい」
とか呟くと、
「それよりもひどい状況の俺はどうなる」
「借金もなく親が生きてるだけましじゃないか」
などと、俺のよりもさらに境遇が下の人間に”自虐風自慢”のように映ってしまい、不快にさせる可能性がある。

もしくは、
「俺も23歳でフリーターなんだが死んだほうがいいのか」
と、自分と似たような境遇の人が不快になる可能性がある。

自分の境遇を非難することは、それと似たような境遇の人を非難することにも繋がるので注意している。

自慢とウケ狙い

他にも、自慢やウケ狙いのツイートも呟くことができなくなった。
「友達と遊んで楽しかった」
などのツイートも、自慢と受け取られ嫉妬される可能性があるので、できるだけしないようにしている。

ウケ狙いツイートは今までもあまりしてこなかったが、するとしたらいつも、『アルティー』をはじめとした、自分を中心としたコミュニティでしか通用しない言葉を用いた内輪ネタだった。

もうアルティーに執着しないという記事にも書いたが、そうやって内輪ネタにすがりつく自分が恥ずかしいので、そういうツイートもできなくなった。

かといって世間で流行っているスラングや○○語録などは使いたくもない。

できるだけどうでもいいツイートをする

だから、
「酒を飲んだ」
とか
「映画を見た」
とか、日常の報告のようなどうでもいいツイートしかできなくなってしまった。

あくまで報告を意識し、
「酒飲んだ」
だけで終わらせ、
「俺はクズだ」
などの余計なことは書かないようにしている。

しかし、そんな報告ですら、
「呑気に酒を飲みやがって」
「こっちは忙しいのに映画なんか見やがって」
という受け取り方をされる可能性がある。

さすがに気にしすぎだとは思うが、可能性としてはゼロではない。

暴言ツイートをしまくっていた頃とは打って変わって、
「人を不快にさせたくない」
そして、
「いやな奴と思われたくない」
「嫌われたくない」
という気持ちがどんどん大きくなってきている。

人のツイートを見て不快な思いをしてきた

そう思い始めたのは、上記のようなツイートをしている他人を見て、俺自身が、散々不快な思いをしてきたからである。

他人が他者非難ツイートをしているのを見て
「俺のことじゃねえか」
と思って気分を害したことは何度もある。

「悩んでるんです」
「死にたい」
などという自己非難のツイートが、自虐風自慢に見え、
「俺よりましじゃねえか」
と感じたことも何度もある。

某人のセックスレス自慢が良い例である。

自虐風でない普通の自慢ツイートを見て嫉妬することも当然あるし、内輪ネタを使ったウケ狙いツイートを見て、
「こいつは社会にビビって、造語を使って自分を中心としたコミュニティを作ろうとしてるな」
と、見下すこともいつものことだ。

流行のスラングや○○語録を使う奴のツイートにいたってはさすがに見ようとも思わないが。

昔のようにツイートすることは難しい

俺はとにかく、そういう奴らと同じ人間になりたくないという気持ちから、そういう奴らと同じようなツイートをしない方向に向かっていった。
今まで自分を不快にさせてきた奴らと同類になるのは耐えられない。

セックスレス自慢の人のように、意図して自虐風自慢をして優越感を得るような人間には絶対になりたくない。

「自分がやられて嫌だったことは人にしない」
と言えば聞こえはいいかもしれない。

それに、今本音で暴言を呟くと、あの時のようなからっとした、嫌味の少ない暴言にはならず、洒落にならない目も当てられないツイートになるだろう。
そういう呟きをすることで、リアルとネットの人格乖離が起こるのも嫌だ。

まとめ

その代わりこのブログで、相変わらずこういった記事を書いて吐き出したり、スカイプの自分を中心としたグルチャで独白したりしている。
そこのグルチャはTwitterと違いクローズドなので、あまり気を使わずに思いを書くことができる。

できればブログは書かないほうがいいとは思うのだが、憎しみを吐き出せるオープンな場所はここしかないので仕方がない。
自分の感情と、それを吐き出す場所、昇華させる場所を、自分が納得いくように、うまいことコントロールしたいものだ。

2017年5月13日 Twitterにて露悪的なことを一切呟かない名義でツイートするといいねが付く

去年1月に作った広告収入事業垢、呟くたびに3いいねくらいついた。
クリック報酬型広告の振込画像呟いたら20良いねついた。

「これどうやるんかな?」
と呟いたらすぐ答えのリプもきた。

で今年6月くらいにこの垢に統合して、本音で喋ってたらいいねもつかんし次々と広告収入事業界隈の人らにリムられてクソワロタ

その名義では敬語で、露悪的なこと一切つぶやかないことを徹底していた。
月収2,000万の男とのスカイプの件では怒りのツイートしてたが。

ネットでもリアルでもそうだが、人格を取り繕って良い人ぶってたらうまく渡っていけるということを、その名義で実際に自分でやってみて痛感した。
本当にきもすぎる。

ツイッターアカウントを複数持っててなおかつ紐付けをしてない人間はある程度人格を取り繕ってる人間のはずだ。

ただ最近は、話題ごとに垢わけるのはありな気もしている(ちゃんと紐つけるの前提)。

例えば、発声訓練のことだけ呟く垢、広告収入事業のことだけ呟く垢、絵だけ投稿する垢、とか。
それすると管理が面倒なのが問題だが。

雑記ブログと特化型ブログみたいな感じで、見る側からしたら、
「この人はこの話題ばかり呟く人」
って感じでフォローして必要な情報が入ってきやすくなるとは思う。

だが、俺は髭林おなもみという全体を押し付けたいしTLとかの管理面倒(これも自分中心な理由)でやっぱり垢は一つだ。

2017年6月8日 Twitterのミュートという機能はいらない 見たくないならリムーブしろ リムーブ返しの早さで人格がわかる ブロブロ解除は気遣いか

Twitterのミュートという機能はいらない 見たくないならリムーブしろ リムーブ返しの早さで人格がわかる ブロブロ解除は気遣いか
最近Twitterのミュートという機能について思うところがあったので書きます。 結論から言うと、陰湿で、不要な機能だと思うが、恥ずかし...

2017年5月31日 キモイボタン 気持ち悪い投稿や不快なツイートには「いいね」の代わりに「キモイ」

最近、TwitterやLINEのタイムラインを見ていて、
「あ、いやだな」
「あ、気持ち悪いな」
と思った投稿全部に、
「キモイ」
と一言送りつけたくなる衝動がある。

さすがにそんなことをすると波風が立つので我慢しているが、とりあえず自分が否定したいようなことを投稿している人には、
「キモイ」
と送りつけたくて仕方がない。
それがある程度親しい人であってもだ。

当然、俺の投稿や絵や記事が気持ち悪い、否定したい、と思った場合は、
「キモイ」
と一言送りつけてもらって構わない。

“一言”というのがポイントで、具体的にどう気持ち悪いか、どう否定したいかを説明されると、
「キモイ」
の一言と違って、幼稚な感じがなくなって、可愛げがなくなる。

多くのSNSにはいいねボタンがあるが、それならキモイボタンもつけてほしい。
Youtubeのグッドボタン、バッドボタンのような感じで。

「いいね!」
も良いが、
「キモイ」
という、可愛げのある否定の言葉がもっと普及すれば良いと考えています。

ちなみに、
「キモイ」
の元ネタは、アル春に来たコメントです。



出典:落書きまとめ その21 | 髭林おなもみ [pixiv]

2017年7月19日 Twitterで自分をフォローしていない人のこともフォローするようにしました

以前、Twitterでミュート機能を使うのをやめると書いた。

それでも、
『自分をフォローしていない人間のことはフォローしない』
『リムーブされたら即座にリムーブ返しをする』
ということは徹底して続けていたのだが、そんなことをしていると自分に不利益が生じることがわかったので、それもやめた。

自分がツイートを見たいと思った人はとにかくフォローする

『自分をフォローしていない人間のことはフォローしない」

というスタイルを貫くと、まず著名人のことはフォローできなくなる。
(著名人は基本的にフォロー返しをしないので。特に一般人には。)

なので俺は今まで、リスト機能を使って著名人のツイートを見ていた。
だがそれだと、メインのタイムラインとリストのタイムラインを、いくつも見ないといけなくなってとても面倒だ。

それで結局メインのタイムラインしか見なくなってしまうので、フォローを返されようが返されなかろうが、ツイートを見たいと思った人はフォローするようにした。

著名人のフォロワーになることで、その著名人に興味のある人が俺をフォローしてくれたりもするので、ちゃんとフォローするほうが、リストに入れて見るよりよっぽど良い。

ツイートが見たいならフォローする、という単純な話だ。

相互フォローだからツイートを見ているという関係の異常性

冒頭で紹介した記事に、
『(相互フォローの状態から)リムーブすると、即座にリムーブ返しをしてくるやつが多い』
と書いたが、最近もそんな奴が俺のフォロワーに何人か居た。

俺はもう人をリムーブすることにほとんど抵抗がないので、タイムラインを見ていて、
「あ、いやだな」
「あ、つまらないな」
「あ、気持ち悪いな」
などと思ったツイートをしている人はある程度すぐにリムーブするようにしている。
そうすると、つい最近までいいねをしてくれていた人でも、即座にリムーブ返しをしてくる、ということが多い。

冒頭の記事にも散々書いたが、そんな関係は、
『相互フォローだからツイートを見てやっている』
という関係だと思う。

どんな形式の関係があってもいいと思うが、それは本当に相手のツイートそのものを見たいと思っている関係なんだろうか。

はっきり言って、俺自身も、フォローしている一般人のツイートは、
『相互フォローだから見てやっている』
『知り合いだから見てやっている』
という状態だ。

なのでやはり、そういう人にリムられたら即座にリムり返してしまう。

『相互フォローだから見てやっている』
という関係だから、
『相互フォローじゃなくなった途端に見たくなくなる』
のは当然といえば当然か。

リムられると傷付く?

そういえば、相互フォローの状態からリムられると『傷付く』という人がいるようだ。

当然俺もある程度は傷付くが、自分自身が、人をリムーブするのに抵抗がなくなってくると、人にリムーブされたときに傷付く度合いも減ってきた。

結局自分の気持ちを投影しているだけなんだろう。

リムーブしても、また見たくなったらまたフォローするかもしれないし、それに関してはそこまで一喜一憂しても仕方がないと思う。

ミュートをしてくるやつが鬱陶しすぎる

リムーブに関しては気にしても仕方がないとしても、本当に、ミュートをしてくるやつは鬱陶しすぎる。
俺も今までずっとミュートしていた人間なので、過去の自分をぶん殴りたい。

『相互フォローだからツイートを見てやっている』
という関係さえも鬱陶しいのに、ミュートという機能を使って、相互フォローという体裁だけ繕って、ツイートは見たくもない、というのは本当に陰湿で醜すぎる。

ミュートなんていう陰湿な機能は、各ツイッタークライアントが非公式で実装するならわかるが、公式が実装するのは問題があるんじゃないかと思う。

『ツイートが見たかったらフォローする』
『見たくなかったらリムーブする』
という原則から外れている気がする。

ミュートは、その中間の、どちらもの都合のいい部分だけを得て、悪い意味でトラブルを避け、問題を先送りにするだけのゴミみたいな機能だ。

俺の250人のフォロワーの中にも、俺をミュートしているやつはかなりいると思う。

そういうのがフォロワーの中にいると想像するとあまりにも鬱陶しいので、フォロワー一人ひとりに、
「あなた俺のことミュートしてませんよね?」
ときいていきたいくらいだ。

不毛なのでそんなことはしないが、常にしたいという気持ちはある。

果たして、ミュートをするような人間は、ミュートしてるかどうかきかれたとき、ちゃんと正直に答えるのだろうか。

まとめ

今までリストに追加していた著名人を一気にフォローして、メインのタイムラインにツイートが流れるようになって、有益な情報がすぐに見られてとても快適だ。

『自分をフォローしていない人はフォローしない』
などという、自分の首を絞めるだけのくだらない拘りに囚われていた過去の自分を殴りたい。

フォロー数とフォロワー数のバランスもどうでもよく、ツイートを見たい人が多かったらフォロー数が増えるし、自分のツイートを見たい人が多かったらフォロワー数が増える、という単純な話だ。

  • ツイートが見たかったらフォローする。
  • ツイートが見たくなくなったらリムーブする。
  • またツイートが見たくなったらフォローする。
  • 関わってほしくなかったらブロックする。

Twitterの人間関係や使い方に悩んでいる人は、これらの原則を思い出してみたらどうだろうか。

ミュートだけはそれらに当てはまらないグレーゾーンなので、俺がミュートにイラつく日々はなかなか終わりそうにない。

2017年7月27日 思考のゴミ箱 考えやアイデアや伝えたいことが湧いてきすぎる Twitterでの独白やグループチャットについて

このブログやツイッターや配信を見てもらえればわかるが、俺はとにかく普通の人の何倍もおしゃべりが好きだ。
家に居ても外に居ても、次から次へと雑念やアイデアや喋りたいことが湧いてくる。

なので中1の頃から、パソコンのメモ帳にブレインダンプ(この言葉は後で知った)と言うものをし、思考を整理していた。
だが、中にはツイッターやブログや人との会話などで、外に発信したい思考もある。

大した考えじゃなくてもとにかく外に出したいので、そうなると思考のゴミ箱のようなものが必要になってくる。

髭林ダイナマイトチャットが思考のゴミ箱化
2012年6月27日に、スカイプで『髭林ダイナマイトチャット』という自分を中心としたグループチャットを開設した。
現在に至るまで、そのチャットのメンバーと色々なことを話してきた。

しかし、話していると言ってもほとんどは俺の独白で、奇声を上げたり考えを整理したりふざけたりして、人と会話のキャッチボールがほとんどない。
まさに『思考のゴミ箱』状態になっている。

17~20歳の時はツイッターで一日100ツイート呟きまくったり、配信で何十時間も雑談をしたりして、『思考のゴミ箱』を作っていた。
だが次第に俺の発言や行動が原因で人と揉め、人生行き止まり感に苛まれてからは、ツイートや配信の頻度が減っていった。

それに伴って、俺は髭林ダイナマイトチャットを『思考のゴミ箱』として使い始めたのだが、最近そうすることに抵抗が出てきた。

クローズドなコミュニティへの依存
髭林ダイナマイトチャットでは上記のように奇声を上げたり歌いだしたり(すべて文字でだが)、ツイッターやブログで話せないことを話している。
それは結局ツイッターの鍵垢のようなもので、チャットメンバーという限られた信頼できる人しか閲覧できない。

つまりそのチャットメンバーに依存しているということであり、それがすごく不安定に感じてきた。

そもそも現在、髭林ダイナマイトチャットにはメンバーが15人ほどいるものの、半数以上はずっとオフラインで連絡がとれない状態だ。
なので会話に参加する人も決まった人たち1~3人で、俺の独白の合間に少し発言するくらいだ。

最も特徴的なのは、俺対メンバーで話すことはあっても、メンバー対メンバーで話すことがほとんどない。
結局、俺が好き放題発言し、メンバーの大多数もほとんどそれを気にせず好きなときに発言する感じだ。

髭林ダイナマイトチャットを開設して6年になるが、そろそろこのクローズドなコミュニティを思考のゴミ箱として使うのはやめ、解散し、どこか別の場所を思考のゴミ箱にしようと考えている。

またツイッターを思考のゴミ箱化するのか
そうなるとまた昔のようにツイッターを思考のゴミ箱化するのが手っ取り早い。
だが、今まで散々記事にも書いたように、自己愛の肥大化や自虐風自慢などを気にしすぎて、ツイッターというオープンな場所で好き放題発言するということに抵抗が出てきている。

かなり色々考えたのだが、今のところどのWebサービスを探してみても、ツイッター以外に思考のゴミ箱に最適なツールというのはない。

Skypeチャットはエンターキー一つで発言でき、文字数制限もなく、発言をあとで修正することもできるので、その点がツイッターよりも使いやすい。

クライアントにもよると思うが、ツイッターはチャット並みに素早く発言できないし、発言ごとにURLが生成されて、例えば
「うあああああ」
などと適当なことをつぶやくのに少し抵抗が出る。

髭林ダイナマイトチャットでの独白、奇声
髭林ダイナマイトチャットでの俺の独白、特に内容がなさすぎる奇声などを紹介する。

[2017/07/23 17:11:29] 髭林おなもみ: っでかぶとり
[2017/07/23 17:11:59] 髭林おなもみ: ちほちゃんのでかぶとり
[2017/07/23 18:18:20] 髭林おなもみ: でかぶと
[2017/07/23 18:24:18] 髭林おなもみ: ドンドコドンドコドンドンドン
[2017/07/23 18:34:53] 髭林おなもみ: う一旦寝るか
[2017/07/24 19:10:25] 髭林おなもみ: 街歩いてるだけなのに糞の匂いがしてきやがった
[2017/07/24 19:10:42] 髭林おなもみ: マクドナルドにピカチュウのちょこばななくいにきたのに
[2017/07/24 19:24:36] 髭林おなもみ: ヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。

[2017/07/24 19:43:34] 髭林おなもみ: あ、エンジェルらいくに☆LOVEりたいな、と思った。

[2017/07/24 19:51:13] 髭林おなもみ: (>ω<)イェイ!
[2017/07/24 20:55:22] 髭林おなもみ: かわいそうなひょっとこさん
[2017/07/24 20:59:09] 髭林おなもみ: エロゲやりてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ
[2017/07/24 22:18:11] 髭林おなもみ: ぎゃー!
[2017/07/24 22:28:28] 髭林おなもみ: あるティーあるティー!
[2017/07/24 23:36:16] 髭林おなもみ: まるでキリングフロアーや
[2017/07/24 23:36:32] 髭林おなもみ: 今、がんばってほしいというきtもいで溢れている。。
[2017/07/24 23:43:59] 髭林おなもみ: いつま~でもがんばって~ どこま~でもがんばって~
[2017/07/24 23:48:16] 髭林おなもみ: いや~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!WWWWWWWWWWWW
[2017/07/25 0:01:21] 髭林おなもみ: がんばって~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!

このくらいの発言の区切りでツイッターで発言すると、あまりにもフォロワーの迷惑になるのではないかと思う。

昔1日100~500ツイートしていた時はまさにこんな感じだったが、前よりも人の目を気にするようになった今、中身のないツイートを連投することに遠慮が出てしまう。
また、髭林おなもみ(思考のゴミ箱垢)などという別のアカウントを作って分けたりすると管理がめんどくさくなるのでそれも当然避けたい。

クローズドなコミュニティでしかできない話題
特に大きな問題は『クローズドなコミュニティでしかできない話題』というものだ。

髭林ダイナマイトチャットでは、身の上話や個人名の出る話など、ネットとは言えある程度信頼できる人にしかできない話をしている。
髭林ダイナマイトチャットを解散してしまうと、それらの話をする場所が、リアルの知り合いくらいしか居なくなってしまう。

もちろん、ツイッターを鍵垢にするつもりは金輪際ないので、ツイッターですることはできない。

そういった感じで、昔のようにツイッターを思考のゴミ箱化するのには色々な障害がある。
ただ、髭林ダイナマイトチャットは解散するつもりだし、ツイッターを思考のゴミ箱にする、という方向に気持ちは向いている。
現に昨日くらいからツイッターでのつぶやきが増えている。

俺は普通の人よりも考えが湧いてきすぎる
冒頭にも書いたが、俺はとにかく普通の人よりも思考が湧いてきすぎる。

起床している時間常に色々なことが頭に浮かんできて、殆どの場合それをスルーできない。
気がつくと中1のころにはパソコンのメモ帳でブレインダンプというものを始めてしまっていた。

そしてマインドマップやアウトラインプロセッサなど、思考の形式に合わせたテキストエディタを色々使い、結局今はクラウドのメモ帳に落ち着いている。
俺はもうこの歳で普通の人が発する一生分の文字数を喋ったり書いたりしてきたんじゃないかと思う。

それらはあくまで、非公開の思考のゴミ箱である。
思考の種類によっては、人(リアル、ネット、知り合い、身内)に話したいこと、ツイッターで呟きたいこと、ブログに書きたいこと、絵に書きたいこと、など色々ある。
独り言で言いたいこと、とかもある。

直接言えないから貯め込む
リアルで人と接している時に、その人に対する不満や悪口などの思考のゴミが湧いてきて思うのは、結局俺はビビってその人に向かって直接文句を言えないから、黙って色々と考え、結局ツイッターやブログで陰口として書いてしまうんじゃないだろうか。

湧いてきた思考をなんでもその場で吐き出せる人なら俺みたいに思考のゴミの分別に困ったりはしにくそうだ。

今朝俺は
「せみうるせえええ」
と呟いたが、これは頭に湧いてきた
「蝉がうるさい」
という思考をツイッターで呟くことで、俺の中で何かメリットがあると、俺の意識や無意識が判断した結果だ。

「蝉がうるさい」
ということを呟きたい!と脳が判断したら、屁やゲップや排泄物と同じように、外に出してしまわないとストレスになる。

まさにこれが、俺に思考のゴミ箱が必要になる原因だ。
その思考というゴミをどう分別するかで今まで悩んできたし、今もまさに悩みに直面している。

思考を形にすることで、生きていることを証明したい
今こうやってブログという媒体で、長いまとまりの思考を文章として書いているのも、そうすることにメリットがあると脳が判断したからだ。
それを押さえつけたり、もしくは適切でない媒体で表現するとストレスになる。

俺が今この記事に書いていることをツイッターという140字制限の中ですべて伝えようと思うとそれは適切ではない。

俺はとにかく日々湧き上がりまくってくるあらゆる思考を分別し、適切に処理していきたいのだ。

ツイッターという思考のゴミ箱に放り込んだ思考のゴミも、価値の有りそうなものはあとでブログという思考のゴミまとめのような場所にまとめることもできる。
ゴミとは言え、俺は湧いてくる思考を形に残したい。

ツイッターをメインの思考のゴミ箱にしていた17~20歳の頃は、生きている実感があり、楽しかった。

そこから徐々に陰鬱になっていき、
「人生行き止まり」
だとか言い、ネットで言いたいことを抑制し始めてから人生が本当につまらなくなった。

やはりSkypeのグルチャというクローズドなところでいくら独白したり暴れたりしても、多くの人の目につかないのでテンションが上がらない。
最近またツイッターを思考のゴミ箱代わりにするのを試してみて、それだけで今も楽しくなっている。

結局俺は思考を外に出して、それがネットであれデータであれ、物理世界に残ることで、生きている、生きていたということを証明したいんだと思う。
俺のツイッターを見ている人もたかだが知れているが、それでも生きているということを証明できた気にはなるし、証明できると楽しくなる。

ツイッターという思考のゴミ箱に依存
そう言うと俺が一部のSNS依存症の人たちのように、ツイッターに依存しているようだ。
実際、半分そうだと言えると思う。

しかし、依存は依存でも、俺が依存しているのはツイッターという発信ツールであり、フォロワーの誰々、というのがないので安全なほうなんじゃないだろうか。

特定の個人に依存すると、その人次第で自分も不安定になる。
だが、ツイッターというツールそのものを、思考のゴミ箱として割り切って使う分には、サービスが停止したりしない限りは動揺することはないんじゃないだろうか。

もちろん、オープンであるだけに、外野の人間が俺のツイッターに激昂し攻撃した場合も困ると思う。

オープンな場では人の目が気になる
現に俺がツイッターでの発言を遠慮するようになり、Skypeグルチャというクローズドなコミュニティでしか発言できなくなっていたのも、外野の人間の影響があった。

「こんなやつになりたくない」
「自虐風自慢だと思われたらどうしよう」
「リムられたらどうしよう」
というような、自分の中にある外野の目というのに苛まれていた。

前の記事にも書いたように、今はもう
見たい人をフォローする
見たくなくなったらリムる
また見たくなったらフォローする
というスタイルになったので、気は楽になった。

それでもやっぱりリムられるのは嬉しいことではないので、リムられるような行為(連投、エロ絵投下、アル春投下)はやめようと思ってしまう。

俺は、自分の利益のために人格をころころと変えて人と接する『装い者』を長い間憎んでいたが、結局俺も自分の見せたい面だけ見せようとする部分が大いにあるので、同類だと思う。
アカウントを複数持っている時点でそうとしか言いようがない。

思考のゴミ箱と言っても、あくまで髭林おなもみというハンドルネームで行うのであって、本名でやれと言われたらデメリットが多すぎるのでできない。
そんな自分を狡猾に感じることもあるが、適材適所とも言えるし、もうこれでいいかと思う。

まとめ
これだけ長々と思考のゴミを垂れ流しても結局、
『ダイナマイトチャットを閉鎖してツイッターを思考のゴミ箱化するのか』
に関する結論は出ていない。

とりあえず試験的にツイッターを思考のゴミ箱化してみて、なんか違うなと思ったらまた考えようと思う。

どちらにしても髭林ダイナマイトチャットは閉鎖したい。
今後ラインのグループなど、クローズドなコミュニティには、参加したり立ち上げたりすることもやめようと思っている。

どうせなら思考のゴミ箱はツイッターというオープンな場所に一元化したい。

2017年9月11日 Twitterでどうでもいい事つまらない事をツイートしても誰も気にしていないので自意識過剰になる必要はない

ちょっと前に
「髭林ダイナマイトチャットを解散した」
「思考のゴミ箱をどこにしようか」
という旨の記事を書いた。

それ以降Twitterが思考のゴミ箱になり、本当にどうでもいいつまらないことをつぶやきまくっている。

外食に行ったらほぼ必ず飯の画像を投稿しまくる。
外食にいかなくても飯食う時は高い確率で画像を投稿する。

あまりにもその頻度が増えたのだが、それに対してほとんど反応がないあたり、本当に誰も俺のことを気にしていないのだなと確信した。

自分のTwitterをひっそりと監視している人間なんかいない

配信やってた時から俺のことを執拗に監視している豚様がいると勝手に思ってたんだが、そんなのは俺の心のなかにしか存在しない妄想の産物だった。
第三者や芸能人や特定の作品を常習的に誹謗中傷したりしない限りはそんなアンチや監視の存在はつかないだろう。
ついたとしてもさすがに飽きていずれは興味がなくなるので気にする必要はない。

むかし無名の一般人大学生がミスチルを非難したことで炎上したこともあるようだが、俺もエレカシ云々言ってるのでその点は危ないかもしれない。
とにかく、多くの人が好きなものを非難したり、殺害予告したり、特定の作品や芸能人や第三者への誹謗中傷などをツイートさえしなければ、飯の画像を上げようが、広告収入事業がうまくいっているとか言おうが問題ないんじゃないかと思う。
ひっそりと俺のツイートを見て心の底で嫉妬しているやつはもしかしたらいるかもしれないが、そういう奴はそういうことをするのが好きなだけなので、勝手に嫉妬させておけばいい。

だから、自虐風自慢とかはしても問題ない。
俺のことを自分より下だと勝手に定義していた連中がこっそりと俺のツイートを見て
「なんでやねん!おなもみは俺より下のはずやのにおかしい!」
と勝手に思ったり思わなかったりすることは何の問題もないかと

版権の絵を描くこと、既存の曲をカバーして売名すること

俺は敵を作らないために、萌え系の絵を書く時も『版権キャラ』は徹底して描いてこなかった。
キチ絵ならアルティー、萌え絵ならちほちゃんなど、オリキャラしか一切描いたことがない。

そうしていれば、
「作品(もしくはキャラ)を汚すな!」
と殺害予告などをしてくるやつも出てくるわけがない。

音楽においても、俺は髭林おなもみBANDとしてオリジナル曲しか投稿せず、既存の曲のカバーは投稿したことがない。
なので、
「楽曲を汚すな!」
と言われることもない。

思えば俺はこう見えて、
「敵を作らないこと」
を意識していた部分が大いにある。

まぁ版権キャラを描かない理由、既存の楽曲をカバーしない理由はそれだけではないが。

まとめ

思えば俺がここまで自意識過剰になり、自虐風自慢に反応し、自身は自虐風自慢をしないようにと過剰に気にしていたのも、すべてとある人の自虐風自慢が原因である。
そのせいで、Twitterでは本当に人の目を気にしてツイートしていたが、上述のように誰も気にしていないことがわかった、ので少しずつ残酷なトラウマも薄れていった。

10月から愛知県で一人暮らしをするので、寂しさ故にさらにTwitterでのつぶやきが増えると思うが、誰も気にしていないと思うので好きに呟いていこうと思う。

2017年10月18日 Twitterのユーザー名(ID)を変更した 個別ツイートのURLはリダイレクトされた

前々から、
「名義を統一したい」
「Twitterアカウントが複数あるのがうざい」
と言っていたが、キチガイ絵もあまり投稿しなくなった今、いよいよ髭林ダイナマイトスタジオのTwitterアカウントの存在意義がなくなってきたので、廃止した。

髭林ダイナマイトスタジオのTwitterアカウント

今まで髭林ダイナマイトスタジオのTwitterアカウントでは、ブログ(髭林ダイナマイトスタジオ)の記事投稿の告知、キチ絵の投稿&pixvi投稿の告知、Youtube、SoundCloudへの投稿の告知、各過去作品の紹介、などをやっていたが、それらはすべて、髭林おなもみ(@onamomi22)のほうのTwitterでやるようになったので、存在している意味がなくなった。

キチ絵の投稿だけは見ている人の迷惑になるので、もしまたキチ絵を描いて投稿する時は、濃いモザイクをかけて、髭林おなもみ(@onamomi22)のほうのTwitterアカウントで投稿しようと思う。

アカウントを複数管理するということについて

「最初から萌え系の絵とキチガイ絵を同じアカウントでやっていても良かったのでは」
と思うこともあるが、さすがにアル春は気持ちが悪すぎるし、pixivはやはり2個に分けざるを得なかったと思う。
そもそもpixivも、2個のアカウントを1個のアカウントに統合するサービスなどはやっていないので、結局このまま2個を並行して管理していくことになる。

Twitterも、日常の呟きをしているアカウントで、萌え系であろうといきなりエロ絵を投稿するのは迷惑だろうから、どうしてもエロ垢というのは必要になってくる。
Twitterもpixivも、アカウント2個までなら、俺と似た目的で持っている人も多いし、まぁ許容範囲かなと思う。

無駄にTwitter3つ、ブログ2つ、とあったのを、Twitter2つ、ブログ1つにまとめることができ、はじめて俺を知った人にもわかりやすくなったんじゃないだろうか。

ツイッターIDを変更しても個別ツイートのURLの数字は変わらない?

「髭林ダイナマイトスタジオ」というTwitterアカウントを削除して1ヶ月経ったので@onamomi22というTwitterIDが使えるようになった。

なので「髭林おなもみ」名義のTwitterアカウントのIDを@aruty123から@onamomi22に変更した。
これで、このブログのドメインであるonamomi22とTwitterIDが同じになってすっきりした。

俺はこのブログにツイートまとめ(引用)記事を大量に投稿しているので、IDを変更することでそれらがすべて無効になるんじゃないかと不安があった。
IDを変更しても、ツイートのURLの数字は変わらなかったので問題なかった。

変更してすぐだからか、前のURLでもアクセスできたが、いずれできなくなるかもしれないので、Search RegexというWordPressプラグインで、全記事のツイートURLを変更した。

ttps://twitter.com/aruty123/status/920427863630680066

の/aruty123/の部分を、/onamomi22/に置換。

ttps://twitter.com/onamomi22/status/920427863630680066

これで問題なし。

ツイッターIDを変更しても反映には時間がかかる?
ツイッター検索でaruty123と検索しても、新しい@onamomi22のアカウントのツイートがすべて表示される。
過去の@aruty123へのリプライも@onamomi22のツイートにちゃんとリンクされている。

便利ではあるが、いずれは完全に移行されるだろうか。
よくわからないが、使う分には問題ないので放っておく。

ツイッターID変更後は旧IDを取得

もしかしたら悪意のあるユーザーや監視豚が、俺の旧ツイッターIDである@aruty123を取得して悪用するかもしれないので、変更してから即座に自分で取得した。
なぜか取得してすぐにアカウントがロックされたがまぁいいだろう。

まとめ
そんな感じで、TwitterIDを@aruty123→@onamomi22に変更したことで、このブログのドメイン名と同じになってすっきりしました。

それでは、これからも髭林おなもみのTwitterと当ブログ 髭林ダイナマイトスタジオを、よろしくお願いします。

2017年12月19日 SNSでの独白(一方通行のコミュニケーション)で個人名(ハンドルネーム)を出すか『とある人』という呼び方をするか

https://onamomi22.com/wp-content/uploads/twitter_1543128340.jpg
俺はとにかく長年、主に思考を整理する目的で、Twitterで独白をしてきた。
その際に、『第三者の名前』を出す必要がある場合、『個人名』にするか『とある人』とか『○○の男(女)』などの抽象的な呼び方にするか、明確な線引きがなかった。

少し前まで明確な敵意を持って、悪意を持って個人名を記事にしまくっていたが、明らかに問題だった。
今は削除したからいいが、やはり記事が残っている間は、その人も困っただろうし、周りの人が俺やその人をいい目では見ていなかったと思う。

今後も俺はTwitterでの独白はやっていくわけだが、個人名を出すか出さないか、その線引きを決めたほうがいいかと思った。

『個人名』から『とある人』までの枠組み
肯定的な内容であれ否定的な内容であれ、個人名を出すか、抽象的な呼び方にするかは問題だ。

この場合も、呼び方の『枠組みの広さ』が狭まれば狭まるほど、『現実のその人』の臨場感が上がり特定可能になってしまう。

本名呼び
ただ『個人名』と言っても、現実の本名で呼ぶことは当然ない。
個人情報の問題があるので。

なので俺は独白するときもさすがに個人を本名で出したことはない。

こちらが匿名という状態で、相手の本名を出して良いのは、相手が了承済みの場合か、著名人の場合に限ると思う。
仮にこちらが実名でネットをやっていても、明確な敵意を持って他人の本名を出したら当然まずい。

ネットのハンドルネーム呼び
今回の場合の個人名は『ネットのハンドルネーム』のこと。
それは『現実の個人』は特定できないが、『ネットの個人』は特定できてしまうので『個人名』だ。

俺が常々出している名前だと『アルティー』『なりあきさん』『ラーキルアさん』などだ。
これらはネットの個人の活動を特定できてしまう。

なぜ俺がその人達の名前を出しているのか、例を挙げる。

  • 『アルティー』は、自分にとって重要(交換不可能)かつ、完全にネット引退していて、活動がなく、本人からの申し立てもないから。
  • 『ラーキルア』さんも、アルティーと同様。
  • 『なりあきさん』の場合は、音信不通かつ、こちらが明確に好意を抱いていて、『お互いに名前を出し合える仲』だと思っているから。

やはり、名前を出す際に敵意のあるなしはかなり重要だと思う。
ネットの場合は、『そのハンドルネームでの活動が行われているか(ネット引退してないかどうか)』も重要だ。

自作あだ名呼び
ハンドルネーム呼びの次くらいに枠組みが広いのが、自作あだ名呼びだと思う。

例えば『俺のリアルの知り合いのメガヤス』なんかは、俺が勝手につけたあだ名であって、現実の個人は特定できない。
ネットの人物だと『ドラクエ10の演技性人格障害の男』とか。

これらの呼び方は、『その人物の特徴的な要素を一つピックアップ』して、その後に『性別』をつける、というパターンが多い。
単に『ヤーイヤイ』『慇懃無礼八方美人天パ』など、特徴だけを名前にしたものもある。

この枠組みで人を指す場合の特徴は以下。

  • その人物がネットで活動していない(ハンドルネームがない、リアルの知り合いや、町往く人など)
  • まだネットで活動していてハンドルネームがあるので、ハンドルネームで呼ぶと活動が特定できてしまう
  • 自分にとって重要度がそこまで高くない
  • その人物の名前を今後も継続して出す場合

という感じなので、ある程度、個人を特定できないように考慮している部分が大きい。

『自分にとって重要度がそこまで高くない』というのも重要だ。

例えば、悪意を持って、個人名(ハンドルネーム)を記事にした人物に関しては、自分にとって非常に重要だったので、本人がまだネットで活動しているにも関わらず個人名を出した。

個人名(ハンドルネーム)の見出しに書き忘れたが、この呼び方は、相手が重要かつ、
『誰かそいつの活動見に行け』
という腐った意図がある場合に使う。

ちなみに、自作あだ名呼びでも、あまりにもその人物の『周辺情報』を語りすぎると、結局現実のその人を特定できてしまうので注意しないといけないとは思う。

『その人物の名前を今後も継続して出す場合』というのも重要。
継続して名前を出す場合は、特徴を捉えたあだ名があると、周りの人物は漠然と人物像をつかみやすくなる。

『とある人』『某人』『あいつ』という呼び方

恐らく一番枠組みが広い呼び方は『とある人』『某人』だと思う。
この呼び方にも特徴がある。

  • 継続して名前を出せない(同一性がとれにくい)
  • どんな人かは周辺情報から察するしか無い
  • それ故に、見た人の想像を掻き立ててしまう

上述した呼び方と違い、『とある人』『某人』という呼び方は単発的だと思う。

例えば、
『昨日とある人と一緒に酒飲んだんだけど楽しかったー』
『あいつだけは許せん』
『某人のことが好きだけどどうすればいいかわからない』
など、あだ名呼びと違って、指せる対象が多すぎて、その人物に同一性がとりにくい。

上述の例だと、
『酒飲んで楽しそうだったけど、今は許せない状態なの?え、好きなの?ああ、3人共別人か』
などと、見た人の想像を掻き立ててしまうというデメリットも有る。

あてこすりになる可能性が高い

それを意図的に引き起こすために、
「わざわざ曖昧な呼び方をしてほのめかし、独白を見ている第三者に何かを想像してもらう」
ということをやっているやつはけっこう多い。

『ほのめかし』『あてこすり』だ。

俺にとってそれはかなりのデメリットで、ものすごく陰湿な行為だと思うので避けたい。
でも、この枠組みでの呼び方をする限りは、ほとんど避けられない。

恐らく上述のことを無意識でわかっていて俺は、ハンドルネーム呼び、あだ名呼び、とある人呼びを使い分けていたんだと思う。

周辺情報から察することはできる。
ただし、同じ『とある人』呼びでも、その周辺情報と、言うタイミングによって、継続的に独白を見ている人ならうっすらと個人の人物像がつかめてしまう場合もある。
『今日のとある人はひどかったな』
『今日のとある人はましだった』
くらいのことでも、同じ時間につぶやいたりしていると、ある程度人物像や、どういう関係の人か特定できるんじゃないだろうか。

でもどちらにしても、枠組みが広いせいで『見た人に色々想像させてしまう』というのは避けられない。

関係性呼び
忘れてたが、関係性呼びみたいなのもあった。
『親』『父親』『母親』『近所の人』『スーパーのおじさん』『ブログにコメントした人』『フォロワー』などなど。
枠組み的にはあだ名呼びに近いと思う。
これも継続的に名前を出しても同一性が取りやすいし、周辺情報によって人物像もつかみやすくなる。

独白の際、これから他人の名前をどの呼び方で出していくか
上述のことがわかった上で、どうしていくか考えなければならない。
まず『本名』を出さないのは当然として、さらに細かな自分の中のルールを決めたい。

ハンドルネームを出さない場合
まず一つ決めたのは『(親しくない場合)ハンドルネーム』は出さないということ。
上述のように、ハンドルネームは枠組みが狭いので、人物像はもちろん活動も特定されてしまう。

親しいはいいと思うが、それでも『自分はこの人と仲いいです』というアピールに見えるし、俺は今まで他人のそういうのを見ていて気持ち悪いなと思ったのでできるだけやめたい。

ハンドルネームを出す場合
もう一つは
『自分にとって重要かつ、ネット引退している場合は、ハンドルネームを出しても良い』ということ。

『掴みなおし』ができない関係、と言える。
アルティー、ラーキルアさん、なりあきさんあたりがそれに当てはまる。

もう本人からの連絡は完全になく、なおかつこちらはずっと相手を重要だとおもい続けている。
『片想い』と言える。

しかも、その人達が俺にとって重要だと、周りの人にも認識していてほしい。
その場合はもう、ハンドルネームは出してしていいかと思う。
でも基本的には出さないに越したことはないが。

あとは関係性~あだ名~とある人の枠組みを使い分ける

ハンドルネーム呼びより広い枠組みは使い分けがややこしい。

例えば、『町にこんな人がいた』というツイートはやはりしたい。

『今日町で、ポイ捨てしている男がいた』
といいたいところを
『とある人が、町でポイ捨てしていた』
ではおかしい。
というか上に書き忘れたけど、とある人、という呼び方も、自分と関係性が強い感じがある。

ちなみに、ポイ捨てしている”男”よりも”人”のほうが、性別は特定できないので無難だとは思う。

他にも
『今日はいつものスーパーの店員の愛想がよかった』

『今日はとある人の愛想がよかった』
だと枠組みが広すぎて、無駄に色々想像させてしまう。
やはりとある人という呼び方にも自分にとって重要だという意味がある。

秘めた感情があり、なおかつその人が俺の独白を見ていない場合

俺はとにかくTwitterで独白をして思考を整理したい病気なので、基本的に身の回りで起こったことは隠さずつぶやきたい。
大前提を忘れていたが、上述のように、独白で第三者の名前を出す場合、基本的には相手がこちらの独白を見ていないことが前提だ。

特に、嫌う意志や、好きという意志など、『秘めた感情』がある場合、見られていてはまずい。
その人が見ているのに、独白でハンドルネームを出す場合は、明確に意思疎通ができている関係ということだろう。
それができないのに、本人が見ている状態で独白し、特定できるかできないかくらいの枠組みの狭さで呼ぶ場合は、あきらかに『ほのめかし』だ。

好きな人への好意や関係性を整理するために独白する場合
俺が今したくて悩んでいるのは、
『明らかに本人が見ていない状態で、その人への好意や関係性を整理したい』
という目的の独白。

俺は現在、ドラクエ10やLINEに好きなフレンド(早速、性別は伏せる)がいて、この前まで散々名前を出してきたが、冒頭の件もあって、名前を出すのをやめた。
その人らは俺のTwitterを見ていないので、その点では問題ない。

問題は、その人らの名前を独白した際に、独白を見た人間に変な想像をさせることだ。
例えば俺が
『今日もあの人かわいかった。。』
とか
『あの人からLINEの返信こない』
とかつぶやくと、明らかに見た人はあれこれ想像する。

独白を見ている人間の中には、俺が指している人間はいないのにだ。

間違いなくトラブルの原因になるだろう。
俺はそれを避けたくて、出来る限り枠組みの狭い呼び方をしてきたんだろう。

そう考えるとやはり『とある人』という呼び方はかなり使い所を考えたほうが良いように思える。

『とある人』という呼び方には注意

この記事も思考を整理するのが目的だったのだが、結局明確なルールは決められなかった。
それでも、色々と呼び方について再認識できた部分はある。

結局、相手の見てないところで相手のことを発言するのは広義で陰口じゃないかと思った。
『とある人が~』
なんて言う枠組みの広さで呼んだら、見ている人の勘違いも生んであらゆるトラブルのもとだ。

繰り返しになるが『とある人』呼びはある程度危険だということは間違いないと思う。

少し枠組みを狭めて
『ドラクエ10にいる好きなフレンド』
『LINEをやりとりしている好きな人』
くらいにするか。

そうすれば基本的に、独白を見た人が明確に
『ああ自分のことを言ってるんじゃないな』
とわかり、変な想像をさせずに済む。

こういう場合も、『枠組みの管理』は重要だ。
とりあえず、やはり『秘めた思い』は独白しないほうがいいのかもしれない。

まとめ
何でもかんでも独白したがる俺は女性的だと言われるが、『とある人呼び』の悪用によるほのめかしを避けるところは男性的だと思う。
『特定個人への秘めた思い』を独白するかどうかも、その分かれ目だが、俺はやめておこうかとおもった。

呼び方はどうであれ、第三者の名前を出すと
『その人の存在の掴みなおしに失敗する(自分の中のその人像を勝手に肥大化させる)』
原因にもなりかねない。

名前を出して表出するから脳内人物の枠組みが狭まって臨場感があがってしまう。
もう他人の名前は掴みなおしができる存在か、絶対に掴み直しができない存在以外出さないほうがいいかもしれない。

2018年7月1日 SNS(Twitterやインスタ)に頻繁に投稿して臨場感を上げたい

ついにインスタグラムをはじめました。
俺のインスタアカウント

4月に恋人の勧めでインスタを始めたが、ツイッターだけで手一杯だったので投稿はせずROM専だった。
だが色々思って一昨日から投稿を始めた。
相変わらずツイッターもやりまくっている。

存在を誇示して生活の臨場感を上げ思い出を残したい

SNS(Twitterやインスタ)に頻繁につぶやきや画像を投稿する理由はいろいろ。
生活の臨場感を上げたいから。
存在を誇示したいから。
思い出を残したいから。

SNS全盛時代の今、だいたいみんなそのような理由でやっていると思う。

たかがメシを食ったり酒を飲んだくらいでもわざわざSNSに投稿する。
そうすることで全世界に今の俺の行動がわかる。
そんで生活の臨場感が上がる(?)。
後で見返せる思い出にもなる。

淡々と投稿する
たかが数億分の一の存在でも、影響力がなくても、せめて俺のことを知ってくれている人間には俺の行動を知ってほしいと思ってしまう。
当然俺が知っている人の行動を俺は知りたい(だからあまり大人数はフォローしない)。

今年1月に飼い犬がなくなって凹んでいた時は、SNSに投稿しないと臨場感を上げられないのか、と自分が虚しくなって投稿をやめていた。

インスタも始めた今、やはりSNSにどっぷり浸かるのも良いと思える。
俺の場合、人と密に交流することは目的じゃないので、トラブルなどもないため、依存してもそこまで危険ではないと昔から思っている。

上記の目的のために淡々と独白したり画像をあげているだけで、特に反応がほしいとも、いいねがほしいとも思わない。
人にも積極的に絡んでいったりしないので揉め事はほとんど起こらない。

いいねしなきゃとかいう強迫観念もないので、SNS疲れを感じたことは一度もない。

SNSを活用していくほうが楽しい
ただ、SNSを一切やめろと言われたら急激に生活が寂しくなるので、やはり依存は依存だと思う。
やはり俺は究極の寂しがり屋なんだろう。

世の中への憎しみと、逆張り真っ盛りだったときは、スマホをいじっている人間がいるだけでいらっときていたが今は違う。
時代の波に乗るにはどんどんスマホやSNSを利用しまくっていったほうが良いと思える。

あの頃より今のほうがずっと楽しく、恋人もでき、ネットもリアルも友達が増えてきたので、間違いなく良い傾向だ。

ただFacebookだけはやらない。
設定項目が多すぎるしメールがうざすぎる。
それに、ツイッターとインスタで今度こそ精一杯だ。
これでさらにFacebookとLINEのタイムラインも活用している人がいたら真のSNS廃人だなと思う。

まとめ
上述のようにSNSは楽しいし、今の所トラブルもないので、この調子でやっていこうと思う。

ちなみに、インスタのアイコンは俺の顔画像です。
ついにネットに顔も晒すことになったが、まぁ問題ないと思う。
俺がネットを始めた頃はネットに顔なんて危険という感じだったが、昨今は増えている。

今後ネットで知り合った人とリアルで会いまくりたいので、そのくらいのリスクはとっていきたい。

俺のインスタをよろしく。
俺のインスタアカウント

2018年11月15日 ツイッターで攻撃的な発言や非難やマウンティング(優越)をしてもデメリットしかない

https://onamomi22.com/wp-content/uploads/angry_1543093632.jpg
2014年からこのブログを始め、これまでツイッターをやるスタンスについてあれこれ書いてきた。

「タイムラインがうざい、ミュートする」
「恨みを買いたくないから露悪的なことは呟かない」
「やっぱり誰も気にしてないから好き放題つぶやけばいい」
などと変遷してきたが、最近また呟くことが減ってきた。

攻撃的なツイートや他者にマウンティング(優越)したようなツイートをやめるようにしたら、必然的に減った。

攻撃的になったりマウンティングしてもデメリットしか無い
タイトルにあるように、攻撃的になったり、誰かにマウンティングしてるようなツイートをしても、デメリットしか無い。

なんというか、俺といえば攻撃性、髭林おなもみといえば攻撃性、というくらい俺は『攻撃的な人間』だと思うが、いい加減そう思われたくないと思えてきた。

一個人を中傷したりするとトラブルになるのですることはないが、つい最近まで、
「○○なやつは~」
というように、特徴を挙げて分析したり(分析とは形だけで実際はバカにすることが目的)、非難したりしていた。

そういうことをすると、もう何年も前から言っているが、見た人が
「それ私じゃん……」
となって、少しずつ俺へのヘイトや恐怖心が溜まっていく。

人からヘイトや恐怖心を集めたって、こちらにはなんのメリットもない。
どんどん近寄りがたくなり、交流もなくなり、孤独になっていくだけだ。

かわいそうな人に見える 関わりづらい
最近、『俺とよく似た攻撃的な人』を何人か見かけて、それが『鏡』となり、自分自身の醜い攻撃性を客観視することが出来た。

その人達のような攻撃的な人を見ていると、結局、
「コンプレックスが強いんだなあ」
としか思えない。

正論を言っているとかはどうでもよく、ただただ、他人が怖くて虚勢を張っているようにしか見えない。
なんというか、つらそうだなぁと思う。

当然関わりづらいし、実際そのような人に関わりに行っている人はだいぶ少ないようだ。

本人は気づいていないんだろう。
ゴタゴタでも、精神状態でも、『渦中にいる時』というのは自分自身に気づけない。
よく似た他人を見たときや、あとで振り返ったときに気づく。

たぶん俺もまさに上述のようなことを思われていたと思う。
俺は正論を言ったつもりで悦に入っていたが、周りは正論に興味はない。
多くの人は、なんとなく印象が良いか悪いかで人を判断する。

あと、
『目先のなにかに対して攻撃的になっている人』
というのは、
『本当にやりたいこと』
『どうしても叶えたい未来の目標』
をやれていない、突き進めていない可能性が高い。

現状に囚われているからである。

これはかなり大きく、『やりたいことがやれていない』人だと思われることほどみじめなことはない。

攻撃的であることはそういうアピールにもなってしまうので、やはりデメリットが大きすぎる。

媚びることはしない
攻撃的ツイートが減った今でも、俺は口調がぶっきらぼうなので、ある程度そう思われているかもしれない。

攻撃的になることにはデメリットしか無いが、かといってどこまでも柔和に腰の低いツイートをするのもいやだ。
媚びているように感じる。

ニコニコ顔文字を使って、虫も殺さぬような態度を取っていると、なにかを隠しているんじゃないかと思ってしまう。
攻撃性をひた隠しにしているんじゃないかと思ってしまう。

攻撃的な人は、そのまま現れているので、
「これ以上負の部分が出てこなさそう、隠していなさそう」
というメリットはあるのかもしれない。

とりあえず、極端に攻撃的になったり、極端にヘコヘコしたりせず、その中間くらいで、適当な当たり障りのないどうでもいいツイートをするのが一番よさそうだ。
もちろん、ツイート自体しないという手もある。

コミュニティに属していないから話題がない
某会社の事件に対する某氏の声明を読んで、某自己啓発界隈から離れ、その界隈で使われていた用語も使わないようにし、それと同じくらいハマっていた某発声訓練界隈からも離れた。
そのことも、ツイッターでの攻撃的ツイートについて考えるきっかけになった。

界隈から離れたことで、それら二つに関する話題もつぶやかなくなった。
目標がどうとか、目標達成文の読み上げがどうとか。
アンザッツがどうとか、エッジボイスがどうとか、中声がどうとか。

もうそれらに関して調子に乗ってつぶやきまくる時期は過ぎたので、つぶやきたいとも思わない。
以前はそれらのノウハウを使って他人に優越したようなツイートをしてたが、その必要もなくなった。

結局目標を達成するには、
『常にひたすらイメージと行動をしまくっていればいいだけ』
というシンプルなことだとわかったので、もうほとんど追求しようがない。

最近はそれしかやってないし、それで十分効果も出ている気がするので、なにかツイッターで調子に乗って長文ツイートをする必要もない。

声で人格などを分析したようなツイートも、多くの人の気分を害する上に、こちらにメリットもない。
たまにカラオケに行ったときなどに、自分の声に関して一言二言つぶやいていればいい。

長文ツイート(連続ツイート、スレッドツイート)はうざい

つい最近まで俺はツイッターで長文ツイートをしていた。
1ツイートでは収まりきらない長々とした話を、10ツイートくらいにわけて、スレッドにして呟く方法である。

そういったツイートは、せっかくまとまった文章になったんだし、と思ってあとでこのブログの記事にしていたが、無駄なことがわかった。
無駄というか、ブログ記事にしたときにわかりづらくなる。

同じ1,500文字でも、ツイッターで連続ツイートするのと、ブログに書くのとでは、精神状態が違うので文体が全く違ってくる。
前者だと勢いに任せすぎていて、まとまりが悪くなる。

あとたぶん、TLをある程度圧迫するので、見たフォロワーとかがうざがると思う。
そもそも、長すぎてちゃんと目を通されていないことが多い気もする。

なので、ツイッターで長々とした連続ツイートをするのはやめて、こうやって毎回、最初からブログ記事として書き下ろし、記事URLをつぶやくようにしている。

何を呟くか
俺はツイッターを何年もやっているが、面白いツイートをしてバズったこともなく、誰かが俺のつぶやきを心待ちにしているという状態ではない。
なので、別に呟くことがないなら呟かなくていい。

仮になにか呟くとしたら、本当にどうでもいいことを呟く。

こういう短文をつぶやいてお茶を濁していればいい。
クルテクのように、『ティピタデリタック』『ギツァー』とかみたいに、わけのわからないことをつぶやいたりしてればいい。

飯に行ったときや普段食べないものを食べた時などは、臨場感を上げたり、思い出を残すために写真を投稿する。

あとは面白いツイートのリツイートや、絵の投稿、このブログの記事の紹介、nanaの楽曲の投稿告知のために使っている。

まとめ

最近の俺は特に、
『自分が本当にやりたいこと』
『どうしても叶えたい願望』
『こういう未来にしたい』
ということについて考えているので、目先の人間に攻撃的になったり、優越したりしたいとも思わない。

ちなみにこのブログでは相変わらずある程度攻撃的かつ優越的だが、それも徐々に直していきたい。

この記事こそ『攻撃的な人間に対して攻撃的』だという意見が飛び出しますがそんなことは知りません。

2018年12月13日 Twitterでは「リツイートしたい」と思えるツイートをしている人をフォローする

少し前に久々にツイッターの運用方法を変えた。

興味のある人はどんどんフォローするようにした。
TLはたまに見る感じで、一つ残さず見るために追ったりはしない。

結論から言うと、興味のある人をフォローするのは当然だが、その基準は、
「リツイートしたい」
と思える人にする、ということ。

絵描きのツイート
親しい人や、絶対見逃したくないツイートをしてる人は、リストに入れ、そのリストは見逃さないように追っている(40アカくらい)。

リストはそれだけしかない。
細分化したリストをひとつずつ切り替えて追うのはとてもめんどうだ。

で、メインのタイムラインを見ていて思ったが、興味のないツイートが多い。
興味のないツイートとは、大体、絵描き(ほぼ全てエロ絵描き)のツイートだ。

前に春画投稿垢を作ってエロ絵描きをフォローしていたころも思ったが、俺にとって絵描きのツイートというのは興味がない。
結局、エロ絵だけ描いてくれればいいので、pixivでフォローするのが最も効率がいいということになる。
身も蓋もない言い方だが、絵描きの日常や、思想には全く興味がない。

ここ数ヶ月絵をあまり描かなくなったので、絵描きがリツイートするエロ絵を流し見してたらモチベでも沸かないかな、と思ったがそれもなかった。

モチベというのは結局は他人を見たりして上げるものではなく、自分の中にある根源的なエネルギーだ。
なんというか、昔から培われてきた核というか、原液のようなもの。

前の記事に、人間関係からしかエネルギーは生まれない、と書いたが、他力本願というか縁起なので、広義ではそのとおりだが、実際体感としては、(便宜上の)自分の中からしか生まれない。
人間関係から得られるエネルギーはあくまで枝葉という感じ。

なので今後は好きな絵描きはpixivでフォローして絵だけ見る。

最近は自分が絵を描く目的(厳密には、絵を描く過程や投稿時に自分がどういう『感情』になりたいか)を考えていて、その方向性によっては絵描きをpixivでフォローする必要さえもないと思い始めた。
まぁそれはまた別の記事書きます。

リツイートしたいツイート
タイムラインから絵描きが消えると、俺の気になったBotやニュースやおもしろ動画のツイートで溢れた。

それらは、なんというかとにかく
「リツイートしたい」
と思えるもの。

こういう面白いものがあったぞ、とか、こういう教訓があったぞ、と思って知らせたくなる。
自分はこの良さをわかってるぞ、という誇示もある。

そういうツイートを見ていると、無性にいい気分になる。

この『いい気分』とか『楽しい気分』が大事で、頻繁にTLを見るなら、そういう気分になるツイートが目に入るほうがいい。

まとめ

そういうことに気づいたので、今後誰かをフォローするかは、単純にその人を追いたいというのはもちろんだが、
『リツイートしたくなるかどうか』
も大きな基準にしていこうという感じです。

相変わらず『目的』や『最優先事項』に基づいて生きているつもりだが最近は、上に書いたように、それらの過程や達成時に得られる『感情』というものにフォーカスするようになった。

まとめとしては、どうせツイッターをやるなら、
『楽しいもの』
『ワクワクするもの』
『みんなに教えたくなるもの』
などに囲まれよう、ということです。

2019年3月2日 Twitterでの情報発信と複数アカウントの分離と混合

Twitterで広告収入の情報発信をしている人や、絵描きのツイートを見ていると思うところがある。

混合

こっちは広告収入やライティングの有益な情報だけを知りたいのであって、その情報の発信者が今日何食ったとか嫁とか子供とかどうでもいい。
絵描きも全く同じで、その人の絵に興味があるんであって生活や人格はどうでもいい。
むしろ見たくもない。

そういう人をフォローすると、有益な情報に混じってゴミみたいな無駄な情報が流れてきて困る。

中には、
「自分は有益な情報発信してて見てる人多いからついでに関係ないプライベートなことも呟いて自己顕示欲満たしたろ」
というやつもいるだろう。
それを想像するとムカついてくる。

分離
そういう意味で、裏垢とかじゃなくて名義は同じままアカウントを複数作って『○○垢』という風に分けるほうがいいかもしれない。
アカウントの分離だ。

現在のアカウント(@onamomi22)はお絵描き、ボイトレ、広告収入、日常のどうでもいいこと、などの混合が酷い。
春画投稿垢と広告収入垢復活させようかなと思うが、色々とめんどくさい。

ボイトレ垢なんか作ったら、『界隈』に帰属させてくれと言っているようで気持ちが悪い。
それにわざわざアカウントを作るほどのめりこんでもいない。

混合は気を抜くと勝手にしてしまうもので、以前エロ絵だけを投稿していた『春画投稿垢』では、日常垢のツイートをリツイートしまくってしまって実質アカウントを分けている意味がなかった。
フォロー管理も面倒だったし、複数アカウント管理は本当に色々と面倒。

まとめ

今のところ、広告収入はそこまで手の内を明かせないし、ボイトレはガチじゃないし、お絵描きも時間がないので、アカウントを分けるほどではない。
当分は混合したまま一つのアカウントでやっていくと思う。

筆者である髭林おなもみや、記事内容について気になることがあったらお気軽にご連絡ください。
髭林おなもみのプロフィールと活動一覧 職業や経歴など
髭林おなもみへのお問い合わせ

彼女募集中!
髭林おなもみは現在彼女募集中です。

俺のプロフィールは、
『髭林おなもみのプロフィールと活動一覧 職業や経歴など』
を参照してくだ…

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