『人生の達人』とは飄々としている人らしい 『飄々』の意味とは 特徴を持ったキャラや芸能人など

去年の下旬、加藤諦三氏について調べていたら、以下のサイトで、こんな一文を見つけて、戦慄してしまった。
「もし、いじめにあったらどう対応したらいいか」 小説 ノンフィクション・実話 – 魔法のiらんど

(中略)
人生の達人は実に飄々としている。

俺が最も苦手とする人間のタイプは飄々とした人間だ。
そして、飄々ときいて真っ先に浮かぶのは某セックスレス自慢の人ラーキルアだ。

ラーキルアはそこまで飄々とできてないのでまだいいが、某セックスレス自慢の人に関しては、究極の飄々と言ってもいいだろう。
憎しみが強すぎて今でも動悸がすることがある。

この二人以外にも、飄々とした奴を見ると、初対面だろうがなんだろうが、とてつもなく不愉快になるので、関わりたくないと思ってしまう。

そんな、俺が最も苦手とする『飄々とした人間』を、加藤諦三氏が、人生の達人の特徴として挙げている。
その事があまりにもショッキングで、考え込んでしまった。

「飄々としている」の意味

飄々

物事にこだわりが見られず、何を考えているのかが読み取りにくいさま。

①風に吹かれてひるがえるさま。 「落花-」 「雪-として降り来りしが/八十日間世界一周 忠之助」
②ぶらぶらとあてどもなくさまようさま。 「船は流れのまに-と軽く行くのである/良人の自白 尚江」
③性格・態度が世俗を超越していて,とらえどころがないさま。 「 -とした好人物」

出典:Weblio辞書

俺が思う飄々とした人間の特徴

飄々としている人間というのは簡単に言えば、俺と真逆の人間である。

俺が思う、飄々とした人間の特徴は以下。

  • 何事にも動じない。
  • 攻撃されたり嫌なことがあっても気にせず受け流す。
  • いつも涼しそうな顔をしている。
  • そつなく物事をこなし、人並かそれ以上の成果を挙げる。
  • 何かを達成しても大喜びせず少しニヤリとするくらい。
  • 不安や恐怖心が強くない。
  • 精神が安定している。
  • 怒るということがほぼ無い。怒鳴ったりなどはもってのほか。
  • 口数は多くないが人に好かれやすい。
  • 器用に、うまく世の中を渡っていく。

特に、『感情の起伏が良い意味で小さく、安定している』というところがポイントだ。

誰かから攻撃されても、
「ほう。なんだ。雑魚か笑」
と動じず、何かがうまくいっても
「ふむ。こんなもんか笑」
という感じで、大喜びもしない。

成功することくらい『当たり前』と捉えているんだろう。

はっきり言って、俺から見ても人生の達人としか言いようがない。

俺の特徴

それに対して、俺という人間はそれの真逆である。

  • すぐに動揺する。
  • 攻撃されたり嫌なことがあったら気にしまくって徹底的に探求する(探求については個別記事参照)。
  • いつもいやそうな顔、怪訝な顔、暗い顔をしている。
  • 人並みにこなせる物事が少ない。
  • 何かを達成したら基本的には大喜びする。
  • 基本的に恐怖心が強く、不安感もそこそこ強い。
  • 精神が不安定。
  • いつも怒っている。些細なことで怒る。怒鳴ることもしばしば。
  • おしゃべりだがろくなことを言わず、周りから人が去っていく。
  • 不器用で、うまく世の中を渡っていくことができない。

そしてもちろん、『人生がヘタクソ』である。

著名な飄々とした人間

俺としては、飄々とした人間といえば某セックスレス自慢の人とラーキルアがまず浮かぶのだが、よくわからない人のために、著名な人間を紹介しようと思う。

すべてフィクションの人物になるが、映画『フォレスト・ガンプ』の主人公や、ジャンプ系の漫画によくある、アスペ系主人公などが、飄々に当てはまる。
リアルの知り合いのヤーイヤイも飄々だ。

あまりにも某セックスレス自慢の人が完全な飄々すぎて、ほかの実在の人物があまり浮かばない。
少し飄々としてる感じの人でも、どうしても喜びや怒りの感情を出すことが多いからだ。

某セックスレス自慢の人ほど完全な飄々は逆に異常なんじゃないだろうかとさえ思う。

飄々とした人間が絶対に許せない

上記に挙げたような特徴を持つ俺にとって、飄々とした奴というのは、以外の何者でもない。

飄々とした奴が、俺の負の部分をそっくりそのまま反転させた形で見せ付けてきているようで、本当に殺したくなってくる。
鏡に映る醜い自分自身をなんとかするのではなく、醜い自分を見せ付けてくるクソ鏡を叩き割る、ということをしたいというわけである。
もちろんそれをすると逮捕されるので、ひたすら我慢するしかない。

俺にとって飄々とした人間は完全に鏡だが、飄々とした人間から見た俺も、滑稽でたまらない鏡かもしれない。
そう考えるとなおさら憎しみがこみ上げてくる。

俺が飄々野郎への憎しみを消すには、飄々とは真逆の特徴を抱えた状態で、人生をうまくいかせるしかないんじゃないかと思う。

ラーキルアがいつも言っていたのは、
「何事も受け流せる人間になりたい」
ということである。

ラーキルアのあの時点での人格を見るに、本人は気づいていないかもしれないが、まさに彼は飄々とした人間になりたがっていた。

ラーキルアはぜひ、某セックスレス自慢の人に弟子入りすべきだと思う。
飄々とはなんたるか、人生の達人とはなんたるかについて、『ゲームの攻略』のような感じで伝授してくれるんじゃないだろうか。

もはやラーキルアが某セックスレス自慢の人の弟のように見えてくるくらい、某セックスレス自慢の人はラーキルアの上位互換だ。
冗談抜きで二人の対談が見てみたい。

俺は飄々になりたいのか

俺が飄々とした人間に抱く感情は憎しみだが、詳しく言えば嫉妬である。

「なんであんな涼しい顔した奴が、俺が望んでも手に入れられなかったものを手に入れてるんだ」という感覚だ。

飄々とした人間を軽蔑していると同時に、羨望している。
それがまさに嫉妬の感情を生んでいる。

だが俺は、飄々とした人間にだけはなりたくない。
俺はあえて言うなら『わたわた』した人間だが、できればこの状態で人生をうまくいかせたい。
そうするにはどう考えても、何かを変えなければ難しいとは思う。

自分がされて嫌だったことをやらなければいけない時がある

飄々が人生の達人だろうがなんだろうが、俺がそうなりたくないのは、某セックスレス自慢の人という究極の飄々が、俺に攻撃を加えてきたからというのが大きい。

「あれだけ嫌なことをしてきた人間に、似たくない」
という心理だ。

しかし、これは最近気づいたことだが、その嫌なことをしてきた人間に対する感情の中に『嫉妬』というものがあり、なおかつ、
『その人間に叶えられて自分が叶えられない欲求を、自分も叶えたい』
という気持ちが変わらない限り、
『いずれはその人間に似た要素を取り入れないといけない』
ということである。

これは、
『自分がされて嫌だったことをいずれ自分もやらなければいけない』
とも言い換えられるような気がする。

それを乗り越えるのは本当に難しい。
下手をすると強烈な自己嫌悪に苛まれるだろう。
憎い人間と同一化した自分自身を叩き壊したくなってくると思う。

まとめ

俺は、加藤諦三氏のBotを見たり、本を何冊か読んだり、テレフォン人生相談を聞いたりしているくらいの、そこそこのファンだ。

『飄々とした人間は人生の達人』というのは前々からうっすらと思っていたが、加藤諦三氏の上記の発言を見て、確信に変わった。

しかし、飄々とした人間が人生の達人だろうが、俺は、とりあえず今のままで生きたい。
あくまで飄々にならずに、そこそこうまく生きていきたい。

以下のサイトに俺がこの記事で挙げたことと似たようなことが書かれている。
飄々としている人の特徴。自由に生きている様に見える理由とは

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