神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識- 著者:さとうみつろう 書評、レビュー(感想)

ツイッターでフォロワーの方が、さとうみつろう氏の著書『悪魔とのおしゃべり』を名著として紹介していて、結果的にこの『神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-』という本を読んだ。

『悪魔とのおしゃべり』をまずサンプルで読んだが、反論ばかり浮かんできて合わないなと思ったが、この『神さまとのおしゃべり』は良かった。
かなりの良著だと思う。

母親と電話でこの本の事を話したらなんと母親が既に持っていたので郵送してもらった。
母親は合わなかったらしく途中で読むのを辞めたらしい。

個人的な評価は★★★★☆

追記(2019年9月4日) 独我論を『怠ける言い訳』のために『都合よく解釈した』危険な本

この本は人によってはとても危険だと思い始めた。
どう危険かは以下(すでにこの本を読んだ人向け)。

つらかったりして自分を変えたい人間や救われたい人間が何か情報を探すとき、自分に都合の良い情報だけをかき集めたり、情報を自分に都合の良いように解釈してわかった気になるのが最も危ない。

自分に都合が良いというのは、”現状の自分”に都合が良いということで、それだと変わることができないどころかさらに現状に縛られていく。
だから、耳が痛いことを言ってくれる人が重要。
基本的に、現状の自分にとって都合の良くない情報や場所や人を受け入れていくことが、変わるためには重要。

俺もある人に耳が痛い事を指摘されたことがあるが、その人が俺に指摘したことはほぼ合ってたし、だからこそ当初は猛烈にムカついたが、今となっては感謝に変わってきた。
恨まれることを覚悟で耳が痛いことを言ってくれる人は貴重。

ちなみに、独我論、哲学的ゾンビ、水槽の脳、世界五分前仮説、この世は仮想現実説などは、怠けたい人間が怠ける言い訳に利用することがあまりに多いように思う(しかも無自覚で)。
この本もまさにそれの典型。

それらの説は現時点では誰にも否定できないから特に信じ込みやすい。
それらの説は、説が正しいかどうかよりも、怠ける言い訳として利用する人があとでえらい目にあうのがやばい気がする。
自殺しそうなほど追い詰められた人がそれらの考えに救われて自殺しなくなる程度ならいいかもしれないが。

以下の感想は1年前のもので、上述のようなことに気付いてなかったので、適当に読んでください。

わかりやすい

基本的に『独我論』をメインに展開されていて、用語こそ出てこないものの、仏教の三観的な話も出てくる。
ストーリー展開?がちょっとご都合主義すぎるし、ギャグやノリが俺の苦手な感じではあるが、ポピュラーにするために仕方なかったんだろう。
ここまでわかりやすくかけば、はじめて独我論的な物に触れる人にも伝わるんじゃないだろうか。

これまで目標達成法やスピに関して色々見たり読んだりしてきたので、目新しい発見はなかったが、既存の考えを強固にしたり、多少の気付きや知識がついたので、本当に読んで良かったと思う。

俺は物心ついた時から独我論を信仰?していて、特に最近その傾向が最大限まで強まっているので、このタイミングでこの本を読めたのは色んな意味で面白かった。

自分の認知が自分の現実を作る

自分が信じてさえいれば、空も飛べるし、地球を四角にもできる。
つまりあらゆる物理法則さえも、思い込みで捻じ曲げられる、と。

ただ、その記事にも書いたけど、そのレベルの思い込みはどうやっても変えられないというか、メンタルブロックを外せないというか。
これまで人類でそれができたのはイエス・キリストくらいだろうと。

それはいいとして、『自分の認知が自分の現実を作る』いいけど、
「じゃあ幼くして重病の人や、生まれつき重病の人、事故で死んでしまった人はどうなる?」
という疑問は出てくる。
現に本の中でもみつろう氏が代弁していた。

俺としては、結局そういった不幸な人たちも、『俺』から見ると、『俺以外』でしかない。
なので、知らん、としか言いようがない。
この回答は、独我論の極まりだと思う。
さすがに本にはそういった書かれ方はしていなかったが、現時点で俺はそうとしか捉えられない。

世界は鏡

世界は自分を写す鏡であり、世界は元々一つなので、自分以外(他人)もすべて自分という考えも、俺は昔から抱いていた。

それらの前提と、『自分の認知が自分の現実を作る』という前提にそえば、この本さえも俺の認知が作ったものだし、『自分の認知が自分の現実を作る』ということに対して、
「重病人はどうなる!」
と反論する人たちさえも俺が作ったものだ。

なので強いて言うなら、そういう反論をする人たちというのは、俺が無意識で深く思っている気持ちの代弁者である。
その程度のものなので、まぁそういう他者の意見を受け取ろうかはぼちぼち考える。

読んでて、はっとしたのは『嫌いな人物こそ自分の中の重要な意見の代弁者』という点。
ルサンチマン強くて天の邪鬼でENTP型で悪魔の代弁者な俺は、人や物事の悪い部分に徹底的にフォーカスし、『嫌い』を重視していく。
思春期のときに中島義道の本を読んでた影響も大きい。

だから嫌いな人間がかなり多いわけだが、『嫌いな人物こそ自分の中の重要な意見の代弁者』だと考えると色々と発見があった。

言葉遊び

後半は、言葉遊び的な要素が強すぎた。
ただ正直、この手の話を語るには言語ではどうしても限界がくるというか、言葉遊び的にはなってくるんだろう。

多分この本を読んだだけでは、真に『今を生きる』『本当の自分を生きる』という感覚がわからず、言葉遊びに陥り、通常の意識のまま、今を掴もう掴もう、本当の自分を掴もう掴もうとしてしまう人は多いんじゃないかと思う。

俺からすると解決策は一つ。
今を掴む、本当の自分を掴むには、結局のところ変性意識状態になってしまうしかない。

今という時間を掴むには、時間を忘れるほど『夢中』になって没頭するしか無い。
本当の自分という存在を掴むには、自分を忘れるほど『夢中』になって没頭するしか無い。

ちなみに最近勝手に考えてることだが、変性意識状態には、夢中や熱中という動的なものと、ぼーっと散歩や入浴をしているときのようなデフォルトモードネットワーク的な静的なものがあるように思う。

どちらにしても変性意識状態であり、時間や自分を忘れている状態なので、必要に応じて使い分けかなと。

とりあえず言えるのは、変性意識状態じゃない状態で、現在や本当の自分をつかもうとしても無理だ。
このことは中島義道氏の『時間を哲学する』という本の後半にも書かれていたのが強く印象に残っている。

運命や未来は既に決まっている?時間が未来から過去に流れる?

読んでてかなり引っかかったのは、『運命や未来は既に決まっている』という部分。

ある人は、『ビッグバンが起こった時点で玉突き的に運命が決まっている』という西洋的キリスト的考え?を否定していて、それが『時間が未来から過去に流れる』という話で、俺もそれは常々信じていた。

『未来は未定』というとわかりやすいと思う。

なのでこの本で『運命や未来は既に決まっている』という下りを見た時は違和感があったが、その後、やはり『瞬間瞬間、世界線(という言葉は使ってなかったが)の選び直し』とでてきて、まぁ納得した。

というより、この本における『運命や未来は既に決まっている』という話は、『縁起』や『自動操縦で生きること』の説明として使われてた感じかもしれない。

「運命や未来は既に決まっているから、自由意志はない、自分で選択できることは何一つない」
というのはまさに奴隷的発想に思えるが、『自動操縦で生きること』には役立つというか。

「結局人は自分の意志で動いているのではなく、縁起で動いている」
と言い換えると、無駄なあがきはやめて肩の力を抜こう、となってくる。
で結果たぶんうまくいくだろう。

『自由意志が無い』
は言いすぎだが、『”便宜上の”自由意志』はあるはず。
『”便宜上”の自分』も『”便宜上”の他者』もあるし。

とりあえずこの手の説明は言葉でするのは難しいしめんどくさい。

以上のことで、
「自由意志さえも便宜上ってことでいいか、縁起に身を任せて、自動操縦で生きよう」
と思えた。

まとめ

独我論は独りよがりな考え方すぎて人を選ぶかもしれないが、独我論こそが目標達成法でもスピでも科学でも大前提だ。
正直、独我論という前提なしでは何も語れないとすら思う。

この本は独我論がどういうものか、どう活かせるかを学ぶのにもっともわかりやすいので好きだ。

悪魔とのおしゃべりの方は、サンプルを読んだ時点で、
「正しくないことをやろう」
的な判断すら、
「自分がそれ(正しくないこと)を『正しい』と思っているからやるんだろ、という反論が出てきすぎたので合わなかった。

「人は自分が正しいと思うことしか出来ない」
とか、アドラー心理学における、
「人の行動はすべて優越感である」
という前提を踏まえると、
『正しさは間違いを包摂する』
ってことなんだろうなと思う。
(その下の枠組みに、”便宜上の”正しさ(正義)、”便宜上の”間違い(悪)、はある。)

内容も神さまとのおしゃべりと似てるらしいんで、とりあえず俺はこの一冊で満足。


神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-

今まで読んだ本の一覧はこちら↓

読んだ本
好きな小説(好きな話) 酔歩する男(玩具修理者 収録) 失われた過去と未来の犯罪 忌憶 哲学的ゾンビもしくはある少年の物語(...
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