人は自分が執着している対象に似ていく 嫌いなもの(似たくないもの)じゃなく好きなもの(似たいもの)に執着すべき

『自分が最も執着するものが好きなもの(人)である人は幸せになる』
『逆に、最も執着するものが嫌いなもの(人)である人は不幸になる』
というツイートがあって感銘を受けた。

それは、
良くも悪くも、人は自分が執着している対象に似ていく
かららしい。

好きなもの似たいもの
嫌いなもの似たくないもの
に言い換えると、
自分が似たいものに執着していく
ってのがいいんじゃないかと。

自分が『似たいもの』に執着していく

「嫌いな人・憎い人のことを考えれば考えるほどその人にエネルギー吸い取られてその人が元気になっていくよ」
などとスピ系でも言われたりするが、結局それは、
『嫌いなもの(似たくないもの)に執着するな』
ってことをいいたいんだろう。

エネルギー吸い取られるとか云々で諭されるより、
「人は自分が執着した対象に似ていくけど、それでもその嫌いな対象に執着し続けるの?」
と言われたほうがよっぽど、
「やめよう、どうせ執着するなら自分が好きなもの(似たいもの)に執着しよう」
と思える。

この法則でわかってくること

この法則をこれまでの事に適用してみると色々わかってくる。

自分の好きな人が自分の嫌いなものを好きだった時の葛藤 心が壊れそうになる
というのはどういうことなのかとか。

好きな人(似たい人)も嫌いな人(似たくない人)もどちらも『執着している人』という枠組みでは同じなので、たぶんそれは、
『似たい人の中に似たくない部分を発見した』
という矛盾による葛藤なんだろう。

自分が好きなものでも嫌いな人がそれを好きだと嫌いになる
も同じような感じ。

他にも、
『誰にも執着されていない(好かれても嫌われてもいない)ということは、誰にも”似たい”と思われていないということ』
なのかとか、
『自分が執着している人が執着しているものはなにか』
とか。

『執着したものと似ていくというより、似ているから執着している(で、さらに似ていく)』
ということもあると思うし。

いろいろ考えてみると面白そうだ。

まとめ

最近重要な気づきというのがあまりなかったが、このことは久々に重要だ。
今まで俺がいかに嫌いなものや人に執着し、それに似てきたかがわかる。
モメた人物や、憎い人物など。

俺は人やものや共同体の悪い部分、負の部分を徹底的に探しまくるENTP型・悪魔の代弁者だが、結局その悪い部分に自分が似ていくと考えるとやめようかと思える。

『今自分が何に執着しているか』
そして、
『それは好きなもの(似たいもの)なのか』
この二つを常に自問自答して、随時軌道修正をしていく必要があると思う。

関連記事

毒親育ちかつ毒親に執着している人間は毒親的存在や毒親的関係性を無意識に求め引き寄せ続ける
某会社のパワハラ自殺事件を見て思ったことがあったので書きました。 毒親的関係性 毒親育ちで心に深い傷を負ってたり未解決の問題が残って...
ENTP型は討論者、悪魔の代弁者、人間関係の破壊者 自己愛性人格障害との関係
数年前に知り合いのすすめで16タイプ性格診断をやったら、どのサイトでやってもほぼENTP型にしかならなかった。 →“討論者”型の性格 (E...
自分の好きな人が自分の嫌いなものを好きだった時の葛藤 心が壊れそうになる
知ってのとおり俺は嫌いなものが尋常じゃないほど多い。 嫌いなものが多くてもほとんどデメリットしかなく、人間関係を円滑に進めることの障害にし...
自分が好きなものでも嫌いな人がそれを好きだと嫌いになる
二十歳前後の頃くらいから、 『嫌いな人間や憎い人間がやっている事と同じことはやらない』 という自分の中のルールがいつの間にかできていた。...

筆者である髭林おなもみや、記事内容について気になることがあったらお気軽にご連絡ください。
髭林おなもみのプロフィールと活動一覧 職業や経歴など
髭林おなもみへのお問い合わせ

彼女募集中!
髭林おなもみは現在彼女募集中です。

俺のプロフィールは、
『髭林おなもみのプロフィールと活動一覧 職業や経歴など』
を参照してくだ…

シェアする