ツイッターで攻撃的な発言や非難やマウンティング(優越)をしてもデメリットしかない

2014年からこのブログを始め、これまでツイッターをやるスタンスについてあれこれ書いてきた。

「タイムラインがうざい、ミュートする」
「恨みを買いたくないから露悪的なことは呟かない」
「やっぱり誰も気にしてないから好き放題つぶやけばいい」
などと変遷してきたが、最近また呟くことが減ってきた。

攻撃的なツイートや他者にマウンティング(優越)したようなツイートをやめるようにしたら、必然的に減った。

攻撃的になったりマウンティングしてもデメリットしか無い

タイトルにあるように、攻撃的になったり、誰かにマウンティングしてるようなツイートをしても、デメリットしか無い。

なんというか、俺といえば攻撃性、髭林おなもみといえば攻撃性、というくらい俺は『攻撃的な人間』だと思うが、いい加減そう思われたくないと思えてきた。

一個人を中傷したりするとトラブルになるのですることはないが、つい最近まで、
「○○なやつは~」
というように、特徴を挙げて分析したり(分析とは形だけで実際はバカにすることが目的)、非難したりしていた。

そういうことをすると、もう何年も前から言っているが、見た人が
「それ私じゃん……」
となって、少しずつ俺へのヘイトや恐怖心が溜まっていく。

人からヘイトや恐怖心を集めたって、こちらにはなんのメリットもない。
どんどん近寄りがたくなり、交流もなくなり、孤独になっていくだけだ。

かわいそうな人に見える 関わりづらい

最近、『俺とよく似た攻撃的な人』を何人か見かけて、それが『鏡』となり、自分自身の醜い攻撃性を客観視することが出来た。

その人達のような攻撃的な人を見ていると、結局、
「コンプレックスが強いんだなあ」
としか思えない。

正論を言っているとかはどうでもよく、ただただ、他人が怖くて虚勢を張っているようにしか見えない。
なんというか、つらそうだなぁと思う。

当然関わりづらいし、実際そのような人に関わりに行っている人はだいぶ少ないようだ。

本人は気づいていないんだろう。
ゴタゴタでも、精神状態でも、『渦中にいる時』というのは自分自身に気づけない。
よく似た他人を見たときや、あとで振り返ったときに気づく。

たぶん俺もまさに上述のようなことを思われていたと思う。
俺は正論を言ったつもりで悦に入っていたが、周りは正論に興味はない。
多くの人は、なんとなく印象が良いか悪いかで人を判断する。

あと、
『目先のなにかに対して攻撃的になっている人』
というのは、
『本当にやりたいこと』
『どうしても叶えたい未来の目標』
をやれていない、突き進めていない可能性が高い。

現状に囚われているからである。

これはかなり大きく、『やりたいことがやれていない』人だと思われることほどみじめなことはない。

攻撃的であることはそういうアピールにもなってしまうので、やはりデメリットが大きすぎる。

媚びることはしない

攻撃的ツイートが減った今でも、俺は口調がぶっきらぼうなので、ある程度そう思われているかもしれない。

攻撃的になることにはデメリットしか無いが、かといってどこまでも柔和に腰の低いツイートをするのもいやだ。
媚びているように感じる。

ニコニコ顔文字を使って、虫も殺さぬような態度を取っていると、なにかを隠しているんじゃないかと思ってしまう。
攻撃性をひた隠しにしているんじゃないかと思ってしまう。

攻撃的な人は、そのまま現れているので、
「これ以上負の部分が出てこなさそう、隠していなさそう」
というメリットはあるのかもしれない。

とりあえず、極端に攻撃的になったり、極端にヘコヘコしたりせず、その中間くらいで、適当な当たり障りのないどうでもいいツイートをするのが一番よさそうだ。
もちろん、ツイート自体しないという手もある。

コミュニティに属していないから話題がない

某会社の事件に対する某氏の声明を読んで、某自己啓発界隈から離れ、その界隈で使われていた用語も使わないようにし、それと同じくらいハマっていた某宗教的発声訓練界隈からも離れた。
そのことも、ツイッターでの攻撃的ツイートについて考えるきっかけになった。

界隈から離れたことで、それら二つに関する話題もつぶやかなくなった。
目標がどうとか、目標達成文の読み上げがどうとか。
アンザッツがどうとか、シュナルがどうとか、中間の声がどうとか。

もうそれらに関して調子に乗ってつぶやきまくる時期は過ぎたので、つぶやきたいとも思わない。
以前はそれらのノウハウを使って他人に優越したようなツイートをしてたが、その必要もなくなった。

結局目標を達成するには、
『常にひたすらイメージと行動をしまくっていればいいだけ』
というシンプルなことだとわかったので、もうほとんど追求しようがない。

最近はそれしかやってないし、それで十分効果も出ている気がするので、なにかツイッターで調子に乗って長文ツイートをする必要もない。

声で人格などを分析したようなツイートも、多くの人の気分を害する上に、こちらにメリットもない。
たまにカラオケに行ったときなどに、自分の声に関して一言二言つぶやいていればいい。

長文ツイート(連続ツイート、スレッドツイート)はうざい

つい最近まで俺はツイッターで長文ツイートをしていた。
1ツイートでは収まりきらない長々とした話を、10ツイートくらいにわけて、スレッドにして呟く方法である。

そういったツイートは、せっかくまとまった文章になったんだし、と思ってあとでこのブログの記事にしていたが、無駄なことがわかった。
無駄というか、ブログ記事にしたときにわかりづらくなる。

同じ1,500文字でも、ツイッターで連続ツイートするのと、ブログに書くのとでは、精神状態が違うので文体が全く違ってくる。
前者だと勢いに任せすぎていて、まとまりが悪くなる。

あとたぶん、TLをある程度圧迫するので、見たフォロワーとかがうざがると思う。
そもそも、長すぎてちゃんと目を通されていないことが多い気もする。

なので、ツイッターで長々とした連続ツイートをするのはやめて、こうやって毎回、最初からブログ記事として書き下ろし、記事URLをつぶやくようにしている。

何を呟くか

俺はツイッターを何年もやっているが、面白いツイートをしてバズったこともなく、誰かが俺のつぶやきを心待ちにしているという状態ではない。
なので、別に呟くことがないなら呟かなくていい。

仮になにか呟くとしたら、本当にどうでもいいことを呟く。

こういう短文をつぶやいてお茶を濁していればいい。
クルテクのように、『ティピタデリタック』『ギツァー』とかみたいに、わけのわからないことをつぶやいたりしてればいい。

飯に行ったときや普段食べないものを食べた時などは、臨場感を上げたり、思い出を残すために写真を投稿する。

あとは面白いツイートのリツイートや、絵の投稿、このブログの記事の紹介、nanaの楽曲の投稿告知のために使っている。

まとめ

最近の俺は特に、
『自分が本当にやりたいこと』
『どうしても叶えたい願望』
『こういう未来にしたい』
ということについて考えているので、目先の人間に攻撃的になったり、優越したりしたいとも思わない。

ちなみにこのブログでは相変わらずある程度攻撃的かつ優越的だが、それも徐々に直していきたい。

この記事こそ『攻撃的な人間に対して攻撃的』だという意見が飛び出しますがそんなことは知りません。

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