暗い話や深刻な話をしても仕方がない このブログだけで発散する

少し前に、ツイッターで攻撃的なツイートをしてもデメリットしかないとか、一人で街に繰り出したり酒を飲んだりして、感傷や懐古に浸っても仕方がないとか書いてきた。

最近思うのは、それらに加えて、暗い話や深刻な話も、しても意味がないんじゃないかということ。

深刻になると暗くなる

俺は人と話す時、異性同性問わず、どうにも『深刻』になってしまう。
深刻という言葉は『深く刻む』と書くが、とにかく自然と深い話をしたがってしまう。

だから、言い方は悪いが、ミーハー的に流行り物にキャーキャー言っている浅い人間とはまず話が合わない。
物事を『深く』考えすぎたりする人間や、オタク的に、何かを追求・探求している人間とは話が合う。

これまでずっとそういう人と話してきたし、それが原因で、知りたくないことまで知ってしまったり、逆に踏み込まれたくないところに踏み込まれたりしてモメたこともあったが、得られたものは多かった。

だがそろそろ、深刻な話をするのはもういいかなと思っている。
深刻な話は、し飽きた。

深刻な話は、感傷や懐古とは別物であり、『未来のこと』を深刻に話すことはよくある。
それでも、深刻である以上、どうしても空気が重くなるというか、『暗く』なりがちだ。
感傷は暗いし、懐古も暗い、そして、深刻も暗い。

暗いということはなんであれ、あまりよくない。
単純に、楽しくない。

深い話を避けているとどんどん浅いことしか考えられない人間になっていくので危険だが、俺の場合深い方に偏りすぎているので、浅い話で楽しむという自在性も身につけたほうが良いと最近思っている。

ツイートも同様で、深刻なツイートをしすぎると、近寄りがたい人になる。

人と話すときやツイートするときは、できる限り明るい話をし、深刻な話はこのブログだけでしようと思う。

人間には明るい面も暗い面もある

昔の俺ならをそれを『人格を使い分けている』『装っている』と思って後ろめたかったが、今となっては気にすることもない。
人間は明るい部分と暗い部分を必ず持っている。
どちらかをひた隠しにしたり、抑制・抑圧を続けることこそが最も不健康であり、いずれ崩壊する。
陰口はよくないが、どこかで発散するということは必ず必要だ。
(それか、『すぐ怒る人』のように、暗いものが溜まりそうになった瞬間に発散する方法もある。)

俺があまりにも明るい話がうまくなり、周りに人が集まり、その人達がこの暗いブログを見てショックを受けて去っていく、ということもあるだろう。
昔の俺はそれにも怯えていたが、それも、気にしても意味はない。
人の『別の面』を見てショックを受ける人間は、精神的に未熟だ。
ショックを受ける側の精神の問題だということ。

一人の人間を徹底的に掘り下げてみると、誰しも驚くほど深く、本当にあらゆる面を持っている。
ギャップアピールというものもあるが、そんなことを意図的にやる必要もないくらい、相反する面があったりする。

それは人として当たり前のことなのに、
「この人はこうなはずだ」
と定義して確信して安心しようとする人間のほうが、よっぽど危険であり、未熟なんである。

まとめ

なんにせよ、いざ人と話すときはこの記事のように深刻になって暗くなっても仕方がないので、とにかく明るく話すことを心がける。

暗く深刻な話は、このブログでのみ発散していく。

最近は発声訓練記事のおかげか、このブログにも固定読者が増えた気がするが、ブログはツイッターと違ってタイトルをクリックしないと記事の詳しい内容は見られないし、結構クローズドな場だと思うので、暗い記事を書いても何も問題ないはずだ。

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