俺の絵がうまくならない理由 絵描きやオタクが嫌い 萌え絵は代償行動

萌え系の絵を2013年から5年間書いてきたが、とにかく上手くなっていない。
ここ最近仕事に集中しているのもあるが、描くことさえできていない。

そこで、なぜ俺の絵はうまくにならないのか、なぜか描く気が起きないのか、について考えた。

結論としては、人間関係が原因。

『絵描きやオタクや萌え文化が嫌いな人間が、萌え絵をうまくなるわけがない』
ということ。

オタクや絵描きが嫌い

俺の絵が上手くならない理由だが、結局それは人間関係というところにつきると思う。

どういうことかと言うと、俺は萌え系の絵という、日本のオタク文化のバックボーンがある絵柄で書いているわけだが、オタクが嫌いなのだ。
オタクが嫌いだから、絵描きの友達はほぼ全くいないし、うまいと思う絵描きに絡んで行こうというつもりもない。

萌え系の絵は好きでもその作者の人格が好きじゃないのだ。

うまくなっている人らは、ツイッターなどを見ていても絵描きと絡みまくっているし、絵描きの友達だらけだ。
萌系のアニメやスマホゲーも大好きそうだ。
萌文化に対して『愛』がある。

俺には全くない。
萌えアニメにもスマホゲーにも最近は一切触れていない。

というか最近は萌え系の絵自体もあまり好きではない。
数年前からオナニーをするにしてももっぱらAVだし、萌え系の絵で抜くことはほぼ全くない。
作者で抜いてるような気がして気持ちが悪くなる。

もう、こんなことを言っている時点で俺は萌え系の絵も、絵の作者も、オタク文化もアニメも、全て大嫌いなのだろう。
その状態で自分は萌え系の絵を描くというのは異常だ。

オタクや作者が嫌いなので、特定の絵描きの模写をすることもない。
絵というのは基本的に模写しないと上手くならないはずだが、そう考えると俺の絵が上手くならないのは当然だ。

萌え絵を描くのは過程がしんどい

俺の絵の変遷に関してはこれまでいろいろとブログに書いてきた。
キチ絵は描くのが楽しいが、出来上がりの絵面が気持ち悪く誰も得しないということや、萌え系の絵は美しいものなので修正は何度も必要になったりして描くのは楽しくないが、出来上がりの絵ヅラはかわいく、多くの人が喜んでくれたりすることなど。

それでもキチ絵を描きたいという気持ちがあり、絵葉書という形式を思いつき、萌え絵とキチ絵を同居させたりした。

結局のところ俺が絵で表現したいものというのは何なのか、と考えた時に、それはキチ絵を描きまくっていた頃の俺は間違いなく気持ち悪い絵だった。
だが、心の底では可愛いものが描きたくて抑圧していた。

で2013年から萌え絵描いてみたもののなかなかに描くのがしんどい。
キチ絵と違って何十倍もの評価は得られるが、いかんせん描く過程が楽しくない。

すぐに形が取れないことや、修正が何度も必要な時、ストレスが溜まる。
手を動かす単純な快楽を楽しむなら、キチ絵で気持ち悪いおっさんを描いて、肌のブツブツを思考停止して描くのが一番楽しい。

絵を描くことで出したい感情

そういったことを踏まえて、絵を描く目的というより
『絵を描くことで自分が出したい感情』
について考えた。

それは結局、『気持ち良さ』と『達成感』の二つしかないことが分かった。

気持ち良さとは、さっきも書いたように、単純に手を動かして画面に線が生まれてくる気持ち良さ。
達成感とは、完成した絵を投稿した時。

キチ絵は、ザクザクと汚い肌を思考停止して描いていく過程は楽しいが、出来上がった絵ヅラは気持ち悪く、つまり結果がつまらない。
萌え絵は、出来上がった絵ヅラは可愛くて、つまり結果は達成感があるが、過程が苦痛だ。
その部分で今も葛藤している。

だが今後、キチ絵を描くことはもうないかと思う。
自分でも本当に気持ち悪いと思うし、何より男の姿を描きたくない。

キチ絵はどうしても醜い男の絵が完成するが、醜さとはつまり男だから当然だ。
おっさんの絵になる。
いくら過程が気持ちよくても、あの結果には耐えられない。

オリキャラを誇示したい

俺はちほちゃんやりさちゃんなどの可愛いオリキャラを誇示したい。
最近、絵を描く目的として一つ確信したのは、俺は絵という視覚的な作品を生み出したいのではなく、ちほちゃんやりさちゃんなどの架空の人物が、俺が面白いと思う発言や動作をしている姿を他人に見せつけたいということ。

髭林おなもみという男性の姿で何かを発信するんじゃなく、ちほちゃんやりさちゃんという女性に何かを代弁させ、世間の連中に何かを伝えたい。

だから、正直言ってキャラクターさえ立てばいいので、小説でもいいということになる。

小説を書きたいとは10年前から思っていたか、前にも言ったように小説はどうにも読んでくれる人が少ない。
単純に読むのが面倒で時間かかる。

絵ならたった5秒程度で見てもらうことができる。
セリフがあってもたかだか10秒20秒しかかからない。

小説なんて書いても誰も読んでくれない。
ましては一次創作なら。

絵は文章の照れ隠し、差別化

それに小説は恥ずかしい。
文字だけしか出てこないので、本当に文字だけの勝負という感じになる。

そこで俺は絵を添えることで文字の持つ重要さの比重を下げ、恥ずかしさをごまかしたいのだとわかった。
文字単体の実力のなさもごまかすことができる。

それに、文字だけだと他人との差別化がしづらい。
絵を描くことで圧倒的に差別化することができる。

前にも書いたが、俺は詩も書けない。
その代わり歌詞ならかける。
詩だけだと恥ずかしいし差別化もできないが、メロディに乗せることで圧倒的に恥ずかしさを減らせて、差別化もすることができる。

そういう意味でやはり俺は小説を書くことはない。
あくまで絵を添えないと意味がない。

漫画

なんか最近俺は、ちほちゃんやりさちゃんとの長い物語を書きたいと思っている。
そうなると今まで描いてきたような1コマ漫画(絵葉書)では表現しきれない。

漫画という形式で書かないといけないだが、漫画がどうしても描けない。
前の記事に、『台詞から書いたらかけるんじゃないか』と書いたがそれでも難しい。
圧倒的に画力が足りていない。

『俺が描く絵なら何でもいい』と思い、下手くそな状態で公開してもいいのなら、描けるかもしれない。
だが、どうしても自分の中の『閾値』に達しない。

この閾値というものをどこに設定するかがすべてを決める。
何年描いても上手くなっていない時点で、下げてもこれなのだ。

なんとか及第点の絵を安定して描くため、3Dモデルを使ってそれをトレスしようかとも思った。
まあそれは2013年の頃からデザインドールトレスという形でやっていたのだが。
それはそれで面倒で、どうしても3Dの微妙な形に引っ張られるし、今度はオリジナリティがなくなる。

自分でモデリングするのはめんどくさい。
なので3Dを使うのはやめた。

萌え系の絵柄は続ける

上にも書いたように、俺は結局のところ可愛い絵や美しい体が描きたいのではなく、キャラクターの人格を世間に誇示したいだけなのである。
別に萌え系のキャラである必要はないんだろう。

だが絵で描く以上描きやすさも含めて、どうしても萌系という絵柄になってしまう。

これが小説なら受け取り手で勝手に想像してもらえればいいのだが。

劇画を描くわけにもいかないし、絵を描く時はやはり萌系の絵柄で描いていくことになる。

絵が上手くなりたいから、アニメやオタク文化を好きになる、というようなことはしたくないし、多分今後も画力が上がることはないだろう。

てか、一生画力は上がらなくていいからせめて、閾値を下げて、頭にイメージしたものがすぐにかければいいのだが。

文章が一番好き

『俺にとって絵はあくまで文章を修飾するものでしかない』
ということには気が付いたのは大きい。

俺はとにかく文章が好きなんだろう。

五感の中だと視覚や聴覚が強いと思っていたが、言語感が一番強いような気がする。

俺にとって絵は文章を修飾するもの、というのも多分萌え系の絵を描き始めた頃から無意識では思っていたはず。
なので最近は一枚絵を描くときはまず文章でセリフを描くのはもちろん、表情やポーズも文章で書いて膨らませるようにしている。

いきなりキャンバスに向かっても、頭の中に視覚としてのイメージはない。

『怒った顔で腕を組んで座っている』
など文章でシチュエーションやポーズを指定した方が描きやすい。
これは髭林ダイナマイトファクトリーを作った時にも書いたと思う。

萌えアニメのつまらなさ

そんな感じで、最近は文章を書くことが楽しく、絵を描くことの優先度は下がってきた。
オタクや絵描きが嫌いなのだから、もうこれはどうしようもない。

そういえばテレビが届いたのでさっき久々に深夜アニメを見ていた。
なんか低レベルすぎて、オタクや障害者施設の人が楽しんで見るんだろうなというようなことしか思えなかった。

キャラクターの声優の声を聞いていても、内筋が入っていなさすぎて、まさに自己犠牲してオタクの慰み者になっているというような感じがしてしまった。

10代の頃は萌えアニメを楽しめていたが、結局のところはリアルで恋愛ができない代償行動だったのだろう。
代償行動での『好き』は本当の意味で愛しているのではないと思う。

あの時だけ一時的に俺を慰めてくれただけであって、今後の人生では役に立たないということが分かった。

まとめ

これまでしてきた個人的なエロ妄想を、漫画として表現したいが、イメージするのは一瞬でも絵にするのは技術と時間がいる。
うまく形にできたら、見て喜ぶ人は多いだろうが、たぶんその見て喜ぶ人というのは俺の嫌いなオタクだろう。
それなら無理に形にせず、俺の頭の中だけで保持して、相変わらず個人的に楽しんだほうがいいかなと思い始めた。

今後も気が向いたら、オリキャラの萌え絵は描いていくが、優先順位は下がりそうだ。
最近は萌え絵云々よりリアルで女性と付き合いたい。

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