「こんな人の言っていることが正しいわけがない」という思い込み

『自分が間違っているということを認めたくない人』
は多いが、
『ある人が正しいということを認めたくない人』
もけっこういる気がする。

『誰が言うか』と『何を言うか』

特に、自分が個人的に嫌いな人が正論を言っていると、受け入れたくなくなるものだ。
だがそうやって意固地になっていると、どこかで必ず正しい情報を得られなくなってしまい、自分が苦しむことになる。

本来、発言者と発言は完全につながるものではない。

自分から見てどんなにろくでもない人間でも、その人が正しいことを言っている可能性は大いにある。

多くの人は、
「こんなすごい人が言っているから正しいんだろう」
「こんなろくでもない人が言っているから間違っているんだろう」
という風に、
「何を言っているか」
ではなく
「誰が言っているか」
を重視している。

「社会的に見てすごい人や実績のある人の言っていることはきっと正しいんだろう」
という風に思いたいのは分かるし、事実、そういう人が正しいことは言っていることは多いが、100%そうだとは限らない。

社会的にすごい人がとんでもなく間違ったことを言うことはあるし、ホームレスみたいな人が真理に近いことを言うことはある。

「すごい人や、好きな人の言ってることは常に正しいんだ」
と思っていると、どこかで大きくつまずく。

発言者と発言を分離する

そういう意味で俺は、発言者と発言は常に分離していく必要があると考えている。

「むかつくやつが言っていることはすべて間違っている」
と思いたいのはわかるが、もし正しいことを言っていた場合、発言者と発言を混同することによって、正しい情報を得られなくなって、損することになる。

俺はそれが何より嫌だから、一度、発言者の発言を分離してみる。

発言者を意識せず、発言の正しさだけを検証してみる。
そうやって検証した結果、なおその発言が正しいと思えないならそれでいい。

あくまで、
「こんな嫌な人が言ってることだから正しいわけがない」
という意固地なフィルターに左右されないことが大事だと思う。

『いつも正しいことを言っている人(または社会的にすごい人)がたまに言う間違ったこと』
と、
『いつも間違ったことを言っている人(または社会的にすごくない人)がたまに言う正しいこと』
だと、前者が正しいとされてしまう風潮がある。

風潮がどうだろうが、その場合はあくまで前者は間違っていて、後者が正しい。
発言者にとらわれず、発言の正しさを見抜く力が必要だ。

微笑みの爆弾のジレンマ。

まとめ

なんでこんなことを書いたこと言うと、俺がまさに、色んな人に
「こんなやつが言っていることが正しいわけがない・・・」
と思われている気がしているからです。

正直そう思われるのは良い気はしないが、損するのはそう思っている人間なので、どうでもいい気もする。

俺が正しいことを言えば言うほど、その発言を聞いた人は、その発言を正しくないと思い、正しい情報から遠ざかっていく。

ひどい場合、俺が正しいことを言ったあとに、他の誰かが同じことを言っても、
「以前おなもみが言ってたことだし・・・」
と思って、なお信じられないかも知れない。

そうやって意固地なフィルターによって、その人は正しい情報からどんどん遠ざかっていく。

それは意固地なその人が悪いわけだし、個人的には、俺を嫌う人間が正しい情報を得られずに苦しむのは面白いので勝手にすればいいと思う。
ちょっといいすぎた。

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