脳内や夢の中の世界だけが持つ世界観とそこでの強烈な体験の記憶

このブログにも度々、
『夢の中にしか存在しない世界観』
『体外離脱』
『タルパ』
『10代の頃のエネルギー』
などの話を書いてきたが、それらをまた意識するような夢を見た。

それで思ったのは、やはり俺の原体験は脳内世界や夢の中だということ。

その体験はとにかく文字で説明するのが難しく、というかこのブログで『公』にしてしまうと同時に臨場感が薄れてしまうような、不確定性原理のようなもの。

とにかく
『『夢の中』や『脳内世界』にしか存在しない『世界観』と『人(女性)』』
と、
『それと接した時に伴う精神状態』
が全てと言える。

原体験

何から書いていいかわからないが、わかり易い言葉でいうと俺は『妄想狂』なのかもしれない。

小5の時くらいに『最近幽体離脱にハマった』という2chのスレを見て体外離脱を少し試し、中1の夏休み明けに学校に行けずに苦しんだ頃に、本格的に体外離脱とタルパの作成を始めた。
そこから17歳くらいまでにかけて、様々な夢を見たり、夢の中で何かをしたり、『誰か』と会ったり、瞑想で光を見たり、強烈な多幸感を得たりした。

脳内にある最高の世界と、最高の人間を、『現実を超える臨場感で』体験できたという感じ。

今年26歳になるが、今でもそれらの『体験』や『世界観』や『精神状態』が忘れられない。

このブログを始めた頃俺は『人生行き止まり感』がどうとか言っていたが、実は今も常にその感覚を抱いている。
自己啓発やらがうまくいき、自分に合った仕事を見つけ、実家を出られ、長年悩んでいた処女とのセックス問題、童貞問題も解消されたが、どうしても現実に常に『コレジャナイ感』を覚えている。
この先どんなでかい目標をかかげようが、そして達成できようが『コレジャナイ感』を覚えることが確約されている、という感覚がある。

その原因は、目標が小さいからか?とか、感受性が鈍ってきた?とか思ってたが、違う。
俺は根本的に常に、10代の頃に脳内世界で覚えた強烈な体験と精神状態を求め続けてくすぶっている。

脳内世界の世界観とは

だからその強烈な世界観とか精神状態ってのはなんなんだよ!と思われそうなのでできる限り書くが、これはもう個々人に似た体験がないと想起すらできないと思うので、いつも人に話す時、半ば諦めている。

その精神状態というのは、例えば、14歳の頃の夏休みに17歳くらいのお姉さんと付き合っていて、夏祭りに行って、祭りの喧騒から離れた人影のない場所でフェラチオをしてもらって精通する感覚だろうか。
ぜんぜん違うこともないが、またムダに性的になってしまったし、たとえ話をすると感覚がその一つに固定化されてしまう。

俺の脳内や夢の中には(俺に限らないと思うが)ありとあらゆる世界観があるし、その一つ一つに独自の世界観がある。
だがそのすべてに共通しているのは、『脳内世界でしか感じられない世界観』があり、あえて象徴するなら上の例えがわかりやすい、と個人的に判断した。

脳内世界という、みんなが認識できる現実世界から完全に『隔絶』された世界で『この世に存在しない人物』と得た『快楽』の『瞬間』が『永遠』に漂う、という感じだろうか。

それは『幸福』なのか?と問われると、否定はできないが、あまりにも個人的な幸福かつ、人に話しても世間の基準からするとまず幸福だと思ってもらえないので、なんとなく、幸福とは言いたくない。
『快楽』や『多幸感』のほうがまだしっくりくる。
健康的な快楽でなく、麻薬的な快楽だ。

その『世界(脳内世界)』にいるときというのは、常に寂しい。
その世界は『現実と反比例する』と無意識がわかっているからだと思う。
そして『宇宙に永遠にひとりっきり』ということを感じるからだと思う。

さっき麻薬という例えを出したが、脳内世界での快楽は、社会的成功とは真逆の位置にあるはず。
だが俺ははっきりと、社会的成功よりもそれを望んでしまっている。

その脳内世界にはほぼ必ず女性が出てくる。
本当に美しい世界なので一人で延々と漂っていてもいいのだが、なぜかいつも女性を必要とする。

そしてここが重要だと思うのだが、その女性は絶対に現実の女性ではない。
現実に存在する人でないという意味でもそうだし、顔や体の造形が『二次元キャラ』のそれだ。

なぜ二次元キャラでないとダメなのかは自分でもはっきりとわからない。
『絶対にこの世に存在しない』ということが見た目からにじみ出ていてるところが重要なんだろうか。

それとも根本的に、現実の女性よりも二次元キャラ的顔面の造形を美しいと思うからか。
ここらへんは複雑に入り混じっている気がする。

そしてその世界に登場するキャラは、例えば俺のオリキャラのちほちゃん等ではいけない。
ちほちゃんはある意味すでに現実に存在してしまっている。
第三者に認識されているからだ。

現実に存在するキャラクターを登場させようとした途端、そこはもう純粋な脳内世界ではなくなる。
頭の中でイメージしていることなので便宜上は脳内世界だが、俺が上で例えたような『世界観』は消え失せてしまう。

これは最近気づいたが、多分脳内世界に登場する(させる)女性キャラは、その場で思いついたような名前もない存在がいいのかもしれない。
現実に存在するキャラをモデルにしたほうが色々と楽なのだろうが、それをすると脳内世界特有の世界観は薄れてしまう。

その世界を現実に活かしてはいけない

俺は二十歳になるくらいまで、その脳内世界での体験をなんとか現実に活かそうとしていた。
例えば、その脳内世界のキャラを絵にするとか、体験を小説にするとか。

最近やっと気づいたが、それは絶対にできないし、できた途端にコレジャナイ感に苛まれる。

現実に表現する以上、現実に存在するあらゆる人や制約を意識しないといけなく、その時点で脳内世界の純粋さは消え失せる。
脳内世界とはひたすら個人的な世界であり、広大な宇宙を自分ひとりで永久に漂っているような感覚であり、第三者を意識することとは両立しない。

俺のオリキャラのちほちゃんなどは脳内世界のキャラやタルパなどがモデルではなく、ただ現実に最適化させて作っただけだ。

俺が脳内世界を現実に活かそうとしてしまったのは、
『俺が思い描く脳内世界っぽいものを現実に表現できているような作品』
を見てしまったからだと思う。

それは例えばそういう小説とかアニメとか、わかりやすいのだと、pixivとかにある『幻想的な風景画』とかだろうか。
もしかしたらそれらは本当に作者が脳内世界を純粋な形で表現したものなのかもしれないし、そういう人たちは俺と違って脳内世界を現実に表現する際にボトルネックなどがない人たちなのだろう。

例えばスピッツの草野さんなんかは、日常生活の中で常に脳内世界でのストーリーが3つくらい同時進行しているらしく、新幹線での移動中などにも登場人物たちが脳内であれこれしているらしい。
それが作品にも活かせるのだろう。

俺はどうやってもそれができないし、する必要もないと、今更になって気づいたので、今後もすることはない。
10代の頃は、しようとして苦しんでいた部分があった。

現実はどこまでも虚しい

そろそろ自分の中ではっきりとさせたほうが良いと思うのでここに書いてみるが、おそらく今後の人生で『10代の頃の脳内世界』を超える『強烈な体験』というのは無い。
海外に行こうが、美女とセックスできようが、大金を手に入れようが、10代の頃の脳内世界の快楽には勝てる気がしない。

例えばセックスは楽しいし気持ちいいが、脳内世界での触れ合いに比べると、コレジャナイ感が酷い。
たぶんどんな良い女と良いセックスができたとしてもそれは変わらないだろう。

別物として捉えるべきなのだろうが、『快楽』というくくりでは同じなので、どうしても比較してしまう。

10代の頃の脳内世界での体験以降、常に現実が虚しいと感じている。
それでも、人生・生活の大半は現実世界で生きないといけないので、すべて『それなり』にやっていくしかない。

ちなみに、こういった慢性的な虚しさを感じている人間が、アルコール依存症になったり麻薬に手を出したりするようだが、俺はそれらはしない。
酒を飲みまくっていた時期はあったが、あれは現実の人間と戦うためのツールとして酒を飲んでいただけであって、10代の頃の脳内世界を追体験しようとして飲んでいたではなかったのですぐにやめられた。

ヘロインなどの麻薬をやれば脳内世界を追体験できるのかはわからないが、多分できないと思うのでやらない。

今後

今日、10代の頃の脳内世界と似た世界観を持った夢を見て、今後また、常に脳内世界と干渉しながら生きていこうと思った。
それは快楽よりも辛さのほうが大きいので今までしてこなかった。
胸の痛みという感覚が近い。

脳内世界での強烈な体験には、その代償として『あくまでそれは現実ではない』『この宇宙に永久にひとりぼっち』という虚しさがつきまとう。

しかも上述の強烈な体験というのは、何十回かに1回、体外離脱を成功させたり、明晰夢を見れたときのみリアルに体験でき、それには努力が必要だ。
今また体外離脱に挑戦しようとか、タルパと接しようは思えない。
現実の肉体の体力や精神力の低下には勝てないのかもしれない。

そこにエネルギーを費やすなら、仕事や、せめてちほちゃんなどの現実にコミットした存在の拡大化に力を入れようと思ってしまう。
それは悪い意味で『現実的』で、とてもつまらないことだとも思える。

上述のように、脳内世界は現実には活かせないが、『趣味』かと言われたら、違うとしか言えない。
仕事にも活かせないし、何の役に立つのか具体的にはわからないが『趣味』なんていうものではない。

その世界観や精神状態が、何か俺の中の最も大事な部分を支えてくれているような感覚がある。
なにせ『原体験』であり、俺の潜在意識や価値基準や判断基準の大元となっているものだ。

それを蔑ろにしたり忌み嫌ったり、克服しようとするのは間違っていると今回思った。
できるだけ共存すべきだ。

上述のようにそれには胸の痛みを伴うが、これまでのように、それを否定したり、卒業しなきゃ、と思って生きるより、根本的には楽になる気がする。

まとめ

脳内世界のことは本当に言葉にするのが難しく、さっき布団の中で考えていた記事の内容とは少し違う感じになってしまった。
以下の関連記事には、脳内世界の感覚をできるだけ正確に書けたものもあるが、上述のように受け取り手に似た体験がないと全く伝わらないものだと思う。

この時点で、結局この世は独我論であり、誰とも、どんな大切な人とも、感覚を共有できないんだなと思うと即座に毛布に包まってまた脳内世界にダイブしたくなる。
キモすぎた。

関連記事

夢の中の世界観や雰囲気 いきなり夢から覚めたように感じる現象 夢に出てくる謎の英単語
前から感じているのだが、例えば部屋の模様替えをしただけで、感じられる世界観というか雰囲気が変わる。 ずっと部屋に引きこもって見る自分の部屋...
ある日の明晰夢(体外離脱)の記録 人間の脳味噌は神
前の記事↓ さっき寝てたらものすごいことが起きた。 二時間くらい、ほぼコントロール可能なめっちゃリアルな明晰夢見て、空飛び...
毎日が虚しい、人生がつまらない、感受性低下、過去依存症、人生行き止まり感等を覚えて思う自分が本当に求めてる真の目標とは
10代の時によく聴いてた音楽聴いたりして改めて思ったが、やっぱり俺の設定している今のいくつかの目標はなんか違うと。 簡単に言うと、正直毎日...
身体的快楽の極地と精神的快楽の極地
昨晩ある女性の恋愛相談を聞いていて、かなりきわどい下の話になって怖くなってしまった。 それで思ったのだが俺はセックスなどで得られる類の快楽...
思春期の頃の思い出(記憶)の重要さ
地元帰って街見回ったら、10代の時の思い出、リアルの知り合いとの思い出、ほとんど嫌な思い出がありとあらゆるところに張り付いててほんとに気が滅...
タルパ(イマジナリーフレンド)と気功と精神世界
気功や精神世界の観点からチベット密教のタルパを解説して欲しい。 別化性能が強すぎて現実の人間とは融合しづらいので、自分の人格と気を一旦分離...
毒親や虐待と、瞑想や体外離脱や脳内世界やタルパや薬物と、悟りについて
さっき、 『』 という記事を書いたあと、『ヘロイン 悟り』とかのキーワードで検索していたら興味深い記事を見つけた。 10代の頃など...
8年前にイメージ(視覚化)していたことが叶っていた
恋愛に関することなんだが、叶っていた。 さっき気づいて戦慄した。 今の恋人に関することである。 当時は自己啓発とか目標達成文の読み...
ネクラポップというバンドについて 「人間の屑」「あくまのて」「ネクラエンド」などの楽曲の歌詞や感想 解散と新曲
15歳の時に、スカイプの知り合いに『ネクラポップ』というバンドを紹介してもらった。 この記事では、ネクラポップの楽曲や、ネクラポップの楽曲...
17歳の頃の自分に対して思うこと 10代、思春期、童貞のエネルギー
やっぱり10代の時の俺は違っていた。 特に17~19歳。 15~16歳で瞑想や体外離脱をして、タルパやら作って、溜め込んでた静のエネ...

筆者である髭林おなもみや、記事内容について気になることがあったらお気軽にご連絡ください。
髭林おなもみのプロフィールと活動一覧 職業や経歴など
髭林おなもみへのお問い合わせ

彼女募集中!
髭林おなもみは現在彼女募集中です。

俺のプロフィールは、
『髭林おなもみのプロフィールと活動一覧 職業や経歴など』
を参照してくだ…

シェアする

error: