不登校の受け皿的な私立高校を死に物狂いで退学した思い出

俺は中学1年の9月1日から不登校になり、それから卒業するまでの間、学校には行ったり行かなかったりの状態だった。
登校拒否(不登校)だった中学生時代の思い出

中2で鬱状態、中3で若干ましになり、鬱よりも怒りの気持ちが強くなっていた。

ほとんど学校に行っていなかったのでどの高校に入学すればいいかわからず、中3のときの担任のすすめで、不登校児の受け皿のような、学費の高い私立高校に入学した。

入学早々、退学したかった。クラスとメイトとは一切口を利かず。

不登校児やひきこもりが増えている昨今、そういう人の受け皿的な高校も増えている。

その高校は、ヤンキーになれきれないようなヤンキーが2割、オタク・腐女子が5割、発達障害みたいなのが2割、普通の人は1割いるかいないかだった。
いじめなどはないが、とにかく異様な雰囲気で、気持ち悪すぎて耐えられなかった。

入学式では、宗教のように自己啓発的な映像を見せられたりして気持ちが悪く、もう4月の時点で退学したくて仕方がなかった。

バス通学だったので、毎朝バスに乗って、エレカシの四月の風という曲を聴きながら、自分をだましだまし、無理やり学校に行っていた。

教室では挨拶はおろか、クラスメイトと一切口を利かず、ひたすらイヤホンを耳に突っ込み、本を読み捲くっていた。

そんな日々も長くは続かず、5月からは昼までに帰るようになり、6月からは放課後だけ顔を見せる程度になった。
親と担任教師に何度も、辞めたい辞めたいと言ってた気がする。

教師に無断で高認試験を受けた

そして11月に、教師に無断で高認試験を受けた。
無勉だったが5科目受かった。
その事を報告すると担任教師は、俺に無断で受けるなと怒っていた。

それから頻繁に三者面談やカウンセリングをやらされ、担任教師だけじゃなく、親とも険悪になっていった。

12月頃にはもう辞める方向で話が進んだが、生徒が退学すると担任教師にペナルティがあるようで、教師は食い下がってきた。

年が開け、親に定時制高校をすすめられた。
定時制高校なら学費も安いし、夜に授業があるし、向いてるんじゃないかと思い、俺は私立高校を辞めることになんの恐怖もなくなっていた。

晴れて退学。担任教師の捨て台詞を今でも覚えている。

最後、退学届けを出す三者面談で、担任教師に、お前はどこに行ってもうまくいかんから、と捨て台詞を吐かれ、俺はボケクソの私立高校を退学した。
多分その担任教師は、俺が退学したことでかなり厳重に注意されたはず。
その担任教師には家族の仲も壊されかけ、苦しめられたので本当に死んでいてほしい。

その私立高校を退学した時の解放感はものすごかった。

ただ、1年在籍しただけで、親に100万近くの学費を払わせたのは申し訳ない。
そういう意味で、その高校をすすめてきた中3の時の担任教師にも腹が立つ。

ここまで読んで、お前自身に問題はないのか、反省する点はないのか、という意見が飛び出しますが、この件に関しても俺は、一切反省も後悔もありません。

まとめ

俺にとって、私立高校に通っていた1年間というのは、今となっては幻のような日々に感じる。
ひたすら、この糞高校をやめたいやめたいと言い捲くって家族や教師とモメまくっていたのだが、ただ苦しいだけではない妙な日々だった。

なにしろ、家族ともモメまくり圧倒的に孤独な状況の中で、自己愛に目覚め、その後の俺の人生は大きく変わっていった。
それが後の、一人暮らしや配信漬けの日々に繋がっていく。

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最後まで読んでくれてありがとうございました。
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