魚釣りは悪趣味。殺生。人に優越したがる奴が多すぎる。

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この記事で魚釣りをやめたと書いたが、書き足りないことがあったので書く。

魚釣りやめた。つまらないし時間がもったいないし疲れる。悪趣味。
一昨年(2015年)の暮れに魚釣りというものをはじめて、道具もある程度揃えて、仕掛けも作ったりして、今まで何十回か釣行してきた。 だが...

この記事では、魚釣りという趣味に関して俺が個人的に、悪趣味だな、気持ち悪いなと思った部分を書いていく。

別に趣味なんて自分が楽しいと思えることをやれば何でも良いと思うが、俺は魚釣りという趣味が気持ち悪く感じたので書かずにはいられない。

魚釣りは殺生

まず魚釣りという趣味は殺生であることには違いない。

これは鳥撃ちや狩猟などにも言えることだが、趣味で動物の命を奪うというのはどう考えても悪趣味だ。

むかし菜食などをしていた俺なので、また動物愛護か、肉食ってるくせに、じゃあ植物は殺していいのか、石や土を食え、という意見が飛び出しそうだがとにかく直感的にそう思うんだから仕方がない。

冒頭の記事にも書いたが、小魚はまだしも大きな魚を〆る(殺す)ときというのは、本当に直感的に罪悪感がありどうしても嫌な気持ちになる。

魚釣りが趣味で大物を何匹も釣っている人の中には全く何の抵抗もなく魚を殺せるのだろうが、俺は個人的に抵抗があるのだ。

じゃあ小魚ならいいのか、小魚と大きな魚の命の価値は違うのか、と論理的に追求されても、とにかく直感的に小魚より大きな魚のほうが殺す時に嫌な感じがするとしか言いようがない。

論理を求められても、これは直感でそう思ってしまうことなのでどうすることもできない。

生き物の命を奪うことも楽しめるか

魚がかかるのを待って、かかったら魚とファイトして、うまく釣り上げられたらたしかに面白い。

特にファイト時の緊張感やおもしろさというのは格別なものがある。

そして家に帰って捌いて食べたら美味しい。

しかしその中で避けられない、命を奪うという行為だけは、どうしても楽しいとは思えない。

じゃあお前魚食うなよと言う意見が飛び出しそうだが、俺が言いたいのはわざわざ自分で魚を殺す作業をすることを選ばなくていいと言うことだ。

スーパーなどで魚を買って食うことは続けるが、魚釣りという趣味をやって魚を殺すという行為をすることをわざわざ選び取りたくない。

もし魚を殺す過程も楽しいと思っているやつがいたらかなり悪趣味だと思う。

一生好きなことをして暮らすための「不労所得」のつくり方 光文社新書/吉川英一

バス釣りは殺して捨てるだけ

俺は海釣りなので釣った魚はすべて食べていたが、川釣りでバス等を釣っても基本的にまずくて食えないので、リリースするか殺すしか無いらしく、本当に悪趣味だなと思う。

殺したあとはそのままゴミ箱に捨てるんだろうか。

仮に食べたとしても命を奪うという工程がある趣味の時点で悪趣味だと思うが、殺して捨てるだけとなると本当に悪趣味だ。

別に人が勝手に楽しんでいることだから文句も言うつもりはないが、俺はそれを悪趣味だと思うのでやりたくない。

魚釣りで人に勝とうとするやつ、優越感を得ようとするやつ

魚釣りをやっていて、釣り場でいろんな人間を見てきて思うが、魚釣りをやっているやつは、麻雀をやっているやつ同様、やたらと人に勝ちたがるやつ、優越感を得たがる奴が多い。

俺の釣り方はお前らとは違う、お前らより釣れる、と、劣等感故に人に勝ちたくて仕方がないのか、一人で必死になっている。

対戦ゲームというジャンルで人に勝って優越しようとしているやつ同様、魚釣りというジャンルで人に勝って優越しようとしているやつだ。

さっき言った命を奪うという行為があるだけに、対戦ゲームで人に勝とうとするやつよりも気持ち悪いと思う。

俺のほうが多く釣ったからお前らに勝った、お前らに優越できる、というのはつまり、俺のほうが多く魚を殺した、お前らに優越できる、ということじゃないのか。

ゲームで人に優越したい、魚釣りで人に優越したい、お絵描きで人に優越したい、音楽で人に優越したい、政治的知識で人に優越したい、など、どんな戦場を選んで劣等感のはけ口にするかはその人の自由だが、魚釣りという悪趣味な殺生で人に優越しようとしているやつのアホさ加減はその中でも特に見ていて情けない。

釣り道具で人に優越しようとする人間

釣り場に行くと本当に色々な人がいる。

あまり治安の良くない釣り場に行った時は、どれだけ釣ったかどころか「釣り道具で人に優越しようとする奴」が居た。

バンドマンや軽音楽部にいるような「機材自慢野郎」とほとんど同じ性質の人間だ。

お前600円のプロマリンのリールつこてんのか、リールは1万超えじゃないとつかい物にならんぞとかほざいていた。

それに触発されて俺もSHIMANOの3000円のリールを買ってみたものの、実際プロマリンの600円のもののほうがよっぽど使いやすかった。

結局は自己満足の問題であり、魚を釣るときの使い勝手もさほど変わらない。

これはギターの音がメイプル指板やローズ指板で変わる、ボディ材で変わる、というオカルトじみた話にとても似ている。

今思うと、サビキ用に磯竿、タチウオ用に投げ竿、根魚用にテトラ竿、とわざわざ竿を別々に買ったのも馬鹿らしく感じる。

釣れるシーズン、時間、もしくは釣れる海なら、一本の万能ざおと3~4号糸のリールですべてまかなえるんじゃないだろうか。

釣り道具でも楽器でも、やたらと「いいものを買え」という人間は、その道具の価格で人に勝ちたい、優越したい人間か、高い道具を売りたい業者側の人間であることが多いので、こちらはちゃんと自分の頭で考えてから買うべきだ。

俺にとっての正しい釣りの楽しみ方

冒頭の記事にも書いたが、結局俺が釣りを楽しむには、船に乗る金や釣れる海にいきまくる金が潤沢にあり、しかも一緒に釣りをできる人がおり、帰ってから一緒にさばいて食べてくれる人がいる、という状態しかない。

結局は俺が一人で釣りをやっていることが悪いのだが、やはり一人で準備して移動して魚を待って釣って殺して捌いて食ってとやっても虚しさしかない。

しかも周りにはどれだけ釣れたかやどんな釣り道具を使っているかで優越感を得ようとするバカもいるし、まさに「魚釣りで消耗」してしまう。

なので、家族連れで魚釣りをしている人たちなんかを見てると正しく楽しんでるなと思う。

子供に生き物の命について教えられるし、待ち時間に雑談もできるし、魚がかかったときのファイトも盛り上がるし、釣れたあとさばいたり食べたりを皆でできる。

当然、家族で釣りをやっている人たちはやはり他人に優越しようという感じもない。

家族がいる時点で十分人に優越できるので、魚釣りで優越するために必死こく必要もないのだろう。

魚釣りは子供がいる家族にとってうってつけの趣味だと思う。

なので必然的に、子供がいる家族と真逆の存在である「独り者」には魚釣りという趣味は相性が悪い。

ヤーイヤイが釣りにのめりこんでいた

本当に趣味なんて人それぞれなので、一日中天井のシミを数えることが趣味でも何の問題もない。

俺がここまで魚釣りに関して露悪した記事を書いているのは、魚釣りで無駄な時間と金と使った自分への後悔から来るものだと思う。

そしてもう一つは、ヤーイヤイというリアルの知り合いのどうしようもない勘違い野郎が釣りを始めてどっぷりとのめり込んでいることを知ったのも大きい。

ヤーイヤイはとにかく人に勝ちたくて仕方がない、優越感を得たくて仕方がないという劣等感が強すぎる人間なので、魚釣りにのめり込んでいることを知って合点がいった。

「YHR2372さんがスプラトゥーンをやっているからスプラトゥーンをやっているやつは全員カス」とは思わなくなった、と前の記事に書いたが、それと同じで「ヤーイヤイが魚釣りをやっているから魚釣りをやっているやつは全員カス」とはもちろん思わない。

だが、「魚釣りにのめり込んでしまう人」には共通する心理があったりするんじゃないだろうか。

さいごに 人に優越したいがために趣味に興じる人間

人に優越したいがために魚釣りにのめり込む、人に優越したいがためにスプラトゥーンにのめり込む。

俺にとってとてもきもちがわるい人間だ。

思えば俺は、なににのめり込んでいるにしても、「人に優越したいがためにそれをやる」という動機の人間は大体嫌いな気がする。

中でも魚釣りや対戦ゲームにはそういう人種がいる「割合が多い」ので、避けようと思う。

結局上述のような理由で、俺には魚釣りという趣味は合わないことがわかったので、相変わらずブログ更新、お絵描き、街ブラなどの趣味で人生を楽しんでいこうと思う。

まぁそんな感じです。

こんなところでどうでしょうか。

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