期待と希望の違い

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期待という言葉と、希望という言葉は似ているが、意味は大きく違うということに最近気づいた。

希望のつくり方 (岩波新書)

期待とは

期待とは、求めるものが与えられるのを、受動的に待っている状態だ。

受動的ということは受け身ということであり、受け身ということは、相手次第ということだ。

相手次第ということは、相手の行動や結果に依存しているということだ。

だから、相手が期待どおりの行動をしなかったり、期待通りの結果を出さないと、文字通り”期待はずれ”な気持ちになったり、がっかりしたりすることになる。

相手の行動や結果に気持ちを左右されているということだ。

希望とは

それに対して”希望”は、求めているものが与えられることを、能動的に望んでいる状態だ。

能動的ということは自分の意思で動くということであり、自分の意思で動くということは、自分次第ということだ。

自分次第ということは、自分で行動や結果をコントロールできるということだ。

希望は、もしその物事が思い通りにならなかったとしても、がっかりしたりすることがない。

がっかりするかどうかも自分次第でコントロールできるからだ。

そして、自分次第なら、諦めずもう一度希望を持つかどうかも、自分でコントロールできる。

持った時点での感情

期待の根本は相手への依存なので、持っただけでは、不安がつきまとう。

相手が期待通りに動いてくれた場合に、初めて、安心することができる。

希望の根本は自分への信頼なので、持った時点で、決心や覚悟のようなものが生まれる。

決心や覚悟ができると、結果がどうなろうと、簡単には左右されなくなる。

まとめ

つまり、”期待”は自分以外に持つもので、”希望”は自分に持つもの、ということです。

さいごに

かっこつけたような文体になりましたが、「期待 希望 違い」とかで検索するとよく似たことが出てくるので、だいたいあってるんじゃないでしょうか。

結局は相手に依存する受け身の状態より、自分次第という能動的な状態のほうが良いということを言いたかったんです。

まぁそんな感じです。

こんなところでどうでしょうか。

希望のつくり方 (岩波新書)

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