人格障害は先天性の脳の物理的な欠損なので絶対に治らない。遺伝子レベルのものなので治療をしても完治は不可能。

俺は今まで数限りなく人とモメてきて、憎しみを抱き、苦しんできた。
そして反省し、心理学などを齧ったりしながら、同じようなトラブルを起こさないように少しは意識してきたつもりだが、相変わらずちらほらとトラブルを起こして憎しみを抱いている。

それで最近、ふと頭に浮かんだのは、タイトルのようなことである。
もちろん仮説であり、根拠も何もない。

ただ、もしこれが事実だったとしたら、”治る”という可能性は絶たれる。
なので、改善することに無駄な労力を使ったり、希望を抱いたりするのは辞め、治らないなら治らないなりの対処をしていかなければならない、と思った。

パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか

統合失調症と発達障害

例えば、統合失調症の人や発達障害の人は、脳味噌が物理的に人と違うという。

統合失調症の人が、勉強や仕事や日常会話はできるのに、集団ストーカーなどの被害妄想に関してだけはどれだけ説明しても納得しないのは、脳の回路の一部が途切れているかららしい。
発達障害の人がどれだけ意識して行動を改善しようとしても限界があるのは、脳の一部分が生まれつき欠損しているからだときいた。

これは医学的にも間違いのないことらしい。

マンガでわかる!統合失調症 [ 中村ユキ ]

脳味噌の物理的な欠損とは

統合失調症や発達障害と同じで、人格障害も脳味噌の物理的な欠損だという可能性はないんだろうか。

どうしても人の発言をネガティブに捉える、憎しみが沸いてくる、嫌な記憶が消えない、怒りが抑制できない(その場でキレないにしても、どこかで発散してしまう)。
そんな、人格障害者の”人間関係の破壊者”的特徴は、そういう部分を何とかするための脳味噌の機能が、物理的に欠損していることで起こることかもしれないということだ。

物理的な欠損とはつまり、”絶対に治らない”ということを意味する。
脳味噌がどこも欠損せずに正常で、それらの症状が出るのなら、自分の心がけ次第でなんとかなる可能性がある。
しかし、物理的に壊れてしまっていては、その部分を使うことができないので、どうしようもない。

パーソナリティ障害がわかる本 「障害」を「個性」に変えるために (ちくま文庫) [ 岡田尊司 ]

一生好きなことをして暮らすための「不労所得」のつくり方

治らないものとして付き合っていく

人格障害は脳味噌の欠損、ということが事実なら、治すことは諦め、治らないものとしてうまく付き合っていくしかない。
甘えと思われるかも知れないが、絶対に治るわけがないことを治そうと努力するより、治らないという事実を受け入れ、その上でどうやっていくか考えたほうが近道だと思う。

例えば腕や手がない人に、生やせ、という人はいないが、脳味噌の場合は目に見えないので、物理的な欠損の可能性は度外視され、心がけ次第でなんとかなるだろ!と思われたりする。
脳味噌も物理的に欠損しているなら、人と同じことができないのは当然だ。

さいごに

あくまで可能性として考えてみました。
本当に、人格障害があまりにも治らないので、治らないものとしてと考えていこうかと思い始めています。

そう考えたとしても、とりあえず今までと同じように、自分自身と相手をよく分析し、まずい方向に行く前にできるだけ早く手を打つ、ということを意識していくのは変わりません。
さすがに開き直ってそれさえもしなくなったらヤバイと思う。

まぁそんな感じです。
こんなところでどうでしょうか。

境界性人格障害のすべて [ ジェロルド・ジェイ・クライスマン ]

追記:
もしかしたら、人格障害の本などに脳味噌の欠損のことも書いてあるかもしれないので、
何冊か買って読んでみようかなと思っています。

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自己愛性人格障害 (21世紀カウンセリング叢書) [ 町沢静夫 ]

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