自分の好きな人が自分の嫌いなものを好きだったとき心が壊れそうになる

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知ってのとおり俺は嫌いなものが尋常じゃないほど多い。

嫌いなものが多くてもほとんどデメリットしかなく、人間関係を円滑に進めることの障害にしかならない。

例えるなら、嫌いな食べ物が多すぎる状態に似ている。

ほとんどの食べ物が嫌い、となると、人と食事も行きづらく、

栄養も偏り、早死にしたり病気になる確率も上がるだろう。

それと同じで、嫌いなもの(事柄)が多いとあらゆる場面で損をする。

そのひとつが、タイトルのような、

自分の好きな人が自分の嫌いなものを好き、

という状況である。

この場合の好きな人、というのは性別は問わず、友達であっても恋人であってもいい。

私の嫌いな10の人びと (新潮文庫)

そういう状況が本当につらい

俺だって好きなものはあるし、人を好きになることは普通にあるが、

タイトルのような状況になってしまうと本当につらい。

例えば、ネトゲで知り合ってすごく気が合うなと思った人が、

ふとしたときに某ホモビデオの語録を使ったとする。

それだけで俺の中でその人に対する見方がそこそこ変わってしまう。

俺が嫌いな、某ホモビデオの語録を嬉々として使ってる連中が、その人に投影されるのである。

当然、使うな、などと言うつもりはないが、

その人に対する”好き”が薄れてしまうことは間違いないので、少し距離を置くだろう。

その人がホモビデオの語録を好きなら、俺も好きになる、という選択肢もあるが、

大体の場合俺は、どちらも嫌い、のほうに染まってしまう。

俺が本当に好きな人が俺の本当に嫌いなものを好きだった場合

先ほど挙げたような例は、まだ全然ましだ。

もともとその人自身をそこまで好きではないし、

某ホモビデオの語録も、殺したいほど嫌いなわけではないからだ。

問題は、俺の本当に好きな人が俺の本当に嫌いなものを好きだった場合だ。

俺の本当に好きな人が俺の本当に嫌いなものを”本当に”好き、だったらなおひどい。

この場合も上記と同じように、本当に好きな人が好きなものだから、俺もそれを好きになるようにする、

という方法もあるが、やはり俺は高い確率でどちらも嫌い、のほうに染まるだろう。

具体的な例が身近にあるのだが、諸事情で挙げることができない。

結果としては、嫌いのほうに染まった。

嫌いに染まるにしても好きに染まるにしても、長い葛藤がある場合が多いと思う。

場合によっては、本当に心が壊れるんじゃないかと思うくらいつらかったりする。

本当に難しい問題だ。

好きなものが何もないか、嫌いなものが何もなければ、こんなジレンマは生まれない。

すべてが好き、すべてが嫌い、とかでもいい。

好きと嫌いを両方持っているからこそ難しくもあり、楽しいと言える。

独占欲

人間は誰しも好きと嫌いを両方持っているものだが、

俺のように、自分の好きな人が自分の嫌いなものを好き、

という場面で強く葛藤するのは、

結局のところ独占欲が強いからなんだろう。

自分の好きな人には自分と同じ価値観を持っていてほしい、というわがままである。

現実はそう都合よくいくわけもないし、説得してどうこうなるものでもないので、

こちらが考え、割り切り、解決するしかない問題だ。

自分の嫌いな人が自分の好きなものを好きだった場合

これは先にあげた例よりも多く遭遇するのだが、

この場合も俺は大体嫌いに染まっていった。

例えば俺はゲームやアニメが好きだったが、YHR2372と揉めたり、

ネット上のゲームやアニメ好き連中を見て辟易してきた結果、

ゲームもアニメもそんなに好きではなくなってしまった。

結果、ほとんどゲームもやらず、アニメも見ないという状態になった。

特にYHR2372の影響は大きく、

ゲームというより、ゲームの”攻略”という概念が嫌いになり、

ゲームの攻略や分析をしている人を見るたびに嫌な気持ちになるようになってしまった。

自分の好きなコミュニティに嫌いな人がいる場合

余談だが、これと似たようなシチュエーションで、

自分の好きなコミュニティに嫌いな人がいる場合どうするか、というものがあるらしい。

もしくは、自分の嫌いなコミュニティに好きな人がいる場合、もありえるだろう。

この場合の選択肢は大きく分けて、

どちらも嫌ってコミュニティから抜けるか、

どちらも好いてコミュニティに居続けるか、の二つになるんだろうか。

(あくまで自分がどう動くかの選択肢です。

相手を抜けさせるかどうかの選択肢は割愛します。)

この場合も結局のところは、好きと嫌いを自分の中で天秤にかけて、

より納得するほうを選択するしかない。

もちろん実際の状況はさらに複雑なので一概には言えないが、

俺のように、結果として嫌いを選ぶことが多い人生というのは、

どう考えても、うまくいきやすいとは言えないだろう。

もちろん、嫌いな人(コミュニティ)はできるだけ気にしないようにして、思考停止して、

コミュニティに居続ける(人と関係を続ける)ということもありだと思う。

人間の場合も、自分の嫌いなものを好きな場合でも、

そこはあえて気にせず、目を瞑ってしまうという方法もある。

俺は、最初はそれができても、いずれ我慢の限界が来て人間関係を破壊し、

どちらも嫌ってしまうというパターンが非常に多い。

悲しい人生です。

まぁそんな感じです。

こんなところでどうでしょうか。

私の嫌いな10の人びと (新潮文庫)

ひとを〈嫌う〉ということ (角川文庫)

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