先生に怒られるのが怖かった

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最近、小学校5年までの間、自分がいかに先生に怒られることを怖がっていたかを思い出した。

幼稚園のころは先生に反抗したりしてやんちゃだったが、小学生になり環境が変わると、先生と言う存在が恐ろしくてたまらなくなっていた。

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糞女教師に濡れ衣を着せられた

怒られたら確実に泣くと思ったし、泣いている姿をクラスメイトに見られるのが何よりも嫌だった。

なんとかいい子ちゃんぶって毎日過ごしていたが、小1の給食の時間に、給食当番の袋がどうとかで、よく覚えてないが濡れ衣を着せられ、担任の女教師に廊下でひどく怒られた。

俺は反論も出来ず、泣いて教室に戻った。

泣き顔をクラスメイトに見られた

濡れ衣で怒られ、反論も出来ず、泣き顔をクラスメイトに見られたのも耐え難い屈辱だった。

ものすごく悔しかったことを覚えている。

この事を思い出すと、俺に怒った女教師をぶち殺したくなってくる。

怒られない範囲で暴れた

その後、小5までの間ずっと先生に怒られることをびびり、怒られない範囲で教室で暴れたりしていたが、やりすぎてちくられたりしたときは背筋が凍る思いだった。

怒られることにびびるどころか、授業中に手を上げたり野次を飛ばしたりすることさえしない引っ込み思案だった。

小学生のときから社会不安障害のようだった

小5のときに至っては、朝、学校に行くのが嫌で泣いたりしていた。

今思うと当時からまさに社会不安障害だった。

だが気心の知れたグループでは調子に乗るという、自分を中心としたコミュニティ構築の片鱗もすでにあった。

抑圧の反動で暴れ、さらにその反動で不登校に

そういった抑圧の日々が5年間続いたので、小6のときにあれだけ病的に教師に反抗して暴れ狂ったのは当然だったのかもしれない。

そして中学という新しい環境でまた引っ込み思案になって、ついに学校に行かなくなった。

2回目の高校に行っていた頃はそこそこ楽しかった

1回目の高校も入学して1年も経たずやめてしまったが、17歳のときに2回目の高校に入り、一人暮らしをはじめ、充実した日々を1年間だけ送ることが出来た。

“溜め込んで爆発”をもう繰り返したくない

数年間抑圧の日々が続き、溜め込んだものが爆発するという不健康な形じゃなく、毎日少し楽しく、少しつらいという日々ならバランスもいいのだが。

6年周期で躁のような状態になっている

振り返ってみると、ほぼ6年周期で躁状態に近い日々が来ている感じだ。

幼稚園年長組(6歳)は楽しく、小5まではつらく、小6(12歳)は楽しく、中学と1回目の高1はつらく、2回目の高1(17歳)は楽しかった。

まとめ このまま人生行き止まりが続くのか

その流れでいくと、23歳になる今年は楽しいはずだが、とてもそうとは言えない状態である。

いよいよそんな周期も終わり、人生行き止まりの日々がずっと続くんだろうか。

まぁそんな感じです。

こんなところでどうでしょうか。

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