声が嫌いな人間の人格を好きになることはない

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と思うのですが、どうでしょうか。

俺は専門的な知識はないが、とりあえず人間の声というのは、

その人の人生、人格、その声を出したときの環境、精神状態、

などがすべて集約されたものだと思っている。

だから、

声が嫌いな人間の人格を好きになることはなく、

人格が嫌いな人間の声を好きになることはない、

のではないかと。

これは俺が独力で気づいたことではなく、ある程度人の話もきいた結果、気づいたことです。

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おっさんのくしゃみ

例えば、ほとんどの人間が嫌う声、嫌悪感を抱く声として、

おっさんのくしゃみ、というのがあると思う。

おっさんのくしゃみを聞いて、まず直感で不愉快に感じるのは、

結局、そのおっさんの人格と精神状態が不愉快だからだ。

人が周りにいるのにもかかわらず、自分の都合だけを考えくしゃみをする、

そこには人のことを慮る精神や、デリカシーが存在しない。

くしゃみの音は一瞬だが、その中にろくでもない人格と精神状態がすべて集約されている。

その音が、不愉快でないわけがない。

もちろんそのくしゃみの単純な”音量の大きさ(うるささ)”も単純に多くの人間は嫌うだろう。

突然の大きな音、に関しては人格関係なしに不愉快であることは間違いない。

音が大きい理由には当然人格も関係していると思うが、体の大きさなどにも依存していると思う。

ただその体の大きさが”デブ”とかだった場合、

デブになることを抑制できない、しないという人格、とも言えるんじゃないだろうか。

嫌いな人間の声

くしゃみに関しては、音量の大きさという絶対的な不快要素があったので、

人格とはそこまで関係ないんじゃないかと思われるかもしれないが、

音量の小さな声でも不愉快なものは山ほどある。

例えば、俺の職場の東南アジア系の40代の女は、俺に用がある時、近くにきて、

聞こえるか聞こえないかくらいの声で何かをつぶやき始める。

その声の声質、音量、雰囲気、高さ、すべてが不愉快極まりない。

何度も言うが、その声という”音”の中に、

その女の意味のわからない人格と精神状態が集約されている。

しかも前に、俺がその女に仕事の質問をしたとき、よく聞き取れなかったのか、

「アイッ!!!!!!!!!!!」

と叫ばれたことがあった。

その声がもうたまらなく不愉快で、ずっと耳に残ってしまった。

音量自体が大きかったというのもあるが、

その声質、高さ、おそらく倍音などすべてが、頭であれこれ考える前に直感的に不愉快なのである。

聞き取れないからといって奇声をあげる、相手のことを考えていない人格、

奇声をあげるという意味のわからない精神状態、

それらの不快因子が、最終的な出音として0.5秒ほどの奇声に集約されている。

声質、しゃべり方が不愉快な人間とは最初から関わらない

上記のような、”一瞬の音”にさえも人格と精神状態が集約されているのだから、

しゃべり声などの長い音となってくると、それはもう人格と精神状態そのものだと思っている。

近頃はネットの配信などで簡単にいろんな人の声を聞けるので、

そういうものを頻繁に見ている人ならわかると思うが、

顔出しをしていない配信で、その配信者の人格を推し量るには、当たり前だが、声しかない。

(長期的に観察して行動の傾向などを探る方法もあるが、

はじめて見た時点である程度推し量るには、ということです)。

その人間の声質、音量、高さ、倍音、しゃべり方(早さ、発音、間、抑揚、言い回し(これは音ではないが))、

そのすべてに、人格と精神状態が集約されている。

そうなってくると、例えばその人が、身の上話などの、人格を推し量れる材料を出さなかったとしても、

声質としゃべり方が不愉快なら、結局人格も不愉快である可能性が高いと思う。

何度も言うが、声が不愉快な人の人格は不愉快、人格が不愉快な人の声は不愉快、ということである。

なので、声を聞いた時点で不愉快なら、付き合わないほうが懸命だと最近は思う。

声優

そうなると、声優のスキャンダルとかはどうなんだろうと少し疑問だったりする。

声優のファンは、その声優の声(人格、精神状態)が好きなのだろうが、

やれ彼氏がいた、処女じゃなかった、となると烈火の如く怒り出す。

それでも声は好き、という人がいたとしたら、俺の言ってることは間違っていることになる。

そのスキャンダルが起こってから声が嫌いになった、としたら、

ただの坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というだけの話になってしまう。

それか、結局のところ声優の声は、普段のしゃべり声さえも作られたものなので、

人格とは隔離されている、ということなのだろうか。

そこらへんがまだわからない。

俺の好きな声と嫌いな声

どうでもいいですが、俺の好きな声と嫌いな声を挙げます。

誹謗中傷の目的はないのでご了承ください。

好きな声
 声優(男)
  平田広明
  藤原啓治
  緑川光

 声優(女)
  豊崎愛生
  伊藤かな恵
  ひむろゆり
  みる
  御苑生メイ
  秋野花

嫌いな声
 芸能人
  所ジョージ
  植木等

 声優(男)
  チョー

 声優(女)
  新谷良子
  小林ゆう
  井上真里奈
  桃井はるこ

 その他(男)
  KANA-BO○Nのボーカル
  クリー○ハイプのボーカル

 一般人(男)
  ヤーイヤイ

一般人に関してはこの限りではありません。

あれだけ言っておいて、

嫌いな声、に属している人の人格が嫌いかどうかは断言はできないんですが、

声が嫌いなのは間違いないので、必ずそれには理由があると思う。

結論

なんか結局、声と人格は必ずしもつながってない、というような感じになってしまいましたが、

“高い確率で”つながっていることは間違いないと思うので、俺はまず声で人を判断していこうと思っています。

もしかしたら、声と人格が繋がっていると想ってしまった理由は、

以前にとても嫌いな人格の人がいて、

人格とつながっているからだろうが、坊主袈裟理論だろうが、

とにかく声も嫌いになり、

結果、それと似た声の人はその人の人格を思い出すから嫌い、というものかもしれない。

俺の考えが正しいのならば、声が似ているということは人格も似ている、ということになるので、

それも間違ってはいないのかもしれない。

とっ散らかりましたが、結論としては、

声と人格はかなり高い確率で繋がっているので、

声が嫌いな人の人格を好きになること、

人格が嫌いな人の声を好きになること、

は、高い確率でありえない、ということになります。

まぁそんな感じです。

こんなところでどうでしょうか。

追記

上記のことは、考えてみれば当たり前のことだと思うんですが、

言及したサイトや本がほとんどありません。

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