時間がもったいない 嫌いな奴や憎い奴がしている事と同じ事をしたくない

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あけましておめでとうございます。

音楽を聴きながら絵を描いて年を越していました。

深夜に寝て昼に起きました。

新年早々こんなタイトルの記事で申し訳ないです。

いつも時間に追われている人のための「超」時間術

“時間がもったいない”という価値観

2年前くらいから深夜アニメをまったく見なくなった、と前に書いたが、大体そのあたりから、俺の行動の基準として、”時間がもったいない”という価値観が強くなっていった。

時間がもったいないと思ってしまう行動

例えば、リアルの知り合いとつるんで、くだらない話をしたり、麻雀を打ったり、カラオケに行ったり、気を使うのは、とんでもなく「時間がもったいない」。

意味もなく町に出てぶらぶらするのも「時間がもったいない」。

ゲームをするのも「時間がもったいない」。

時間がもったいなくないと思える行動

じゃあ俺にとって”時間がもったいなくない”行動とは何かと考えると、結局は、お絵描き、音楽制作、ブログの更新、空想、音楽鑑賞、映画鑑賞、読書、睡眠、くらいだろうか。

睡眠こそ時間がもったいないんじゃないか、という意見が飛び出すが、俺にとってはそんなことはない。

あと配信は正直言って、時間がもったいないと思うことのほうが多い。

つまりは、自分にとって楽しくないことは時間がもったいない。

“嫌いな奴や憎い奴がしている事と同じ事をしたくない”という価値観

この「時間がもったいない」という価値観以外にも、”嫌いな奴や憎い奴がしている事と同じ事をしたくない”という価値観が、俺の行動、果ては人生までをも、どんどん狭めている。

嫌いな奴や憎い奴と同類になってしまったような気になる

例えば、俺が深夜アニメを見なくなったのは、アニメを見るという行動をとることで、自分が、Twitterでアニメ実況やって喚き散らしてるような攻撃的なオタクや、コミケにいるような池沼一歩手前のオタクや、生涯ボケクソ安確ポンチン低俗LINEスタンプ野郎などと、同類になってしまったような気になって、ものすごく嫌だからというのが大きい。

ゲームに熱中したりすると、YHR2372などと同類になってしまったような気になるし、対戦系だと、どうせ上手い奴には勝てないと思い始めて、面白みをまったく感じない。

TwitterなどのSNSも、昔は暴言を吐きだすために使っていたが、ツイッタラーと呼ばれる連中と同類になったような気になって、虫唾が走るので、今は告知のためだけに使っている。

さいごに

余談だが、特にゲームやアニメは、その作品の世界観が俺の心に影響を与えるし、その作品で心を満たそうとしてしまう自分もいて、なおさら嫌になる。

中二病すぎるだろという意見が飛び出しますが、ルサンチマンが肥大化しすぎた結果です。

今年もよろしくお願いします。

いつも時間に追われている人のための「超」時間術

人はなぜ憎しみを抱くのか (集英社新書)

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